後悔しない日は、なかった
いつもいつも何かを悔やんでいた

そして、迷っていた



なぜ自分がここにいるのか、わからなかった
いつもいつも考えていた

そして、答えはないということに気がついた






生きてゆく意味








『どうして…!』



『逝かないで…』



『………先生!』





夢を見て、眼を覚ます。
冷たいものがほほに流れていることに気づき、手でぬぐった。


いつも、この日はこの夢を見る。
そして、知るのだ。
あなたがいなくなって何度目かの今日という日を。





「…おはようございます」


枕元に飾ってある古い写真で明るく笑う少女とむすっとした顔の少年、そしてすべてを包み込む優しい微笑の人に返ってこない朝の挨拶をいつものようにする。



いつものように顔を洗い、朝食を済ませる。
そして、いつもとは違う里の支給品である黒い服に身を包み、いつもよりも少し早く家を出ていつもと同じ場所へ向かった。




慰霊碑




数多の英雄の名を刻む、魂の墓所。
親友と、師の心がこの場所に眠る。
尊敬していた父はこの場所に名を刻まれることは終になかったけれど、きっと心だけはここにある。


そっと、心の中で彼らを想う。
今はもう手の届かないところにいる大切な人たち。
いつまでもいつまでも、オレの大事なあなたたち。




あと四半刻もすれば誰かが来るだろう。
常ならばひっそりと静まり返ったこの場所も、今日だけは人が多く訪れる。





今日は、10月10日



追悼祭



九尾により喪われたものたちを悼む。



あの日里を守るために戦った者たちは参加を義務付けられている。
無論、それ以外の者たちも任意で参加できる。


追悼祭とはいっても、火影が祈りの言葉を死者たちに、望みの言葉を生者に簡単に送るだけで、半刻もあれば済んでしまう。
その後、望む者は花をそれぞれの“誰か”に手向ける。

ただ、それだけだ。



一年のうち、この日だけは慰霊碑が花にうずもれる。
春ならば鮮やかな花も多くあるが、秋の花にうずもれる慰霊碑はどこか切なげでさびしい。
どこからか漂ってくる金木犀の甘い香りも、あの日の記憶にかぶり心を揺さぶるだけだ。




「先生…」




最期の時にまで里の行方を案じ、九尾を封された赤子を案じ、そしてオレを案じてくれていた。
誰もが認める最高の火影、最高の忍。
この里の、英雄。




「ねえ、先生…あなたは、幸せでしたか…?」







答えのない問いに答えるのは風に揺られた木々のざわめきだけだった。













一刻後、追悼祭は厳かに、静かに、行われた。
五代目火影、綱手様が紡ぐ心からの祈りと望みの言葉を聞き、花を大切な人たちと里を守り散っていった多くの忍たちに手向けてからその場を去った。





『あなたがたが守った木ノ葉の里は、今も健在だ。
きっと、これからも。
あれから今に至るまで、さまざまなことがあったけれど、こうして私たちは里で笑い、生きてゆくことができる。

心からの御礼を申し上げる。

ここにくるまでに多くの犠牲があったことを、決して忘れはしない。
きっと、多くの心残りがあっただろう。
その無念を、私たちは晴らすことができない。
だが、あなたたちがこの里を守ってくれたことを、忘れない。
あなたたちが私たちの未来をつないでくれたのだと言うことを、忘れない』




心からの、言葉。
だからこそ、心に響く。
大小はあれどあそこに集った者たちは何かしら大切なものを失った。
うつむいて小刻みに肩を震わせるもののなんと多かったことか。





『今を生きているおまえたちに私が願うことは、ただひとつだ。



精一杯、今を生きて欲しい。



死んでしまった者たちの分まで、などとは言わない。
おまえたちの人生がおまえたち自身だけのものであるのと同じように、彼らの人生も彼ら自身のものでしかないのだから。
だから、死んだ人にとらわれずに、ただ自分の人生を精一杯、生きて欲しい。

前をだけ見ろ、とは言わない。
時には立ち止まって振り返ることも、余所見をすることも、大切なことだから。
道さえ失わなければ、の話ではあるけれど。
過去に生きることだけはやめて欲しい。

それはただ哀しいだけだから。


だから、どうか今を精一杯生きて欲しい。



私がおまえたちに望むのは、これだけだ』






“今”を生きること。
それは、ひどく単純であると同時に難しい。
数年前の自分なら、ムリだっただろう。
今の自分でも、難しい。
今でも心は過去にとらわれている。





「急がないとサクラに怒られそうだなぁ」





でも、今の自分はまた大切なものを見つけてしまったから。





「サスケは無表情にいらだってそうだし」





また、愛しいと思うものを見つけてしまったから。





「ナルトはすねそうだしね」





大切な、大切な教え子たち。
愛しいと、思う。
彼らが幸せになる姿を見たいと、思う。
その心を、笑顔を、未来を、守りたいと、思う。




ねえ、先生。
あなたを失ったとき、死にたいと思った。
生きている意味を、失ってしまったと。
でも、違うって気がついた。

心の中にあなたがいる限り、オレはあなたを失わないんだ。
だから、オレがあなたを失うことは、ないんだ。
それって、すごいことだよね。



ねえ、先生。
とにかく歩いてみるよ。
どの道を行けばいいのかなんてわからない。
だけど、どの道が正しいのかなんて決まっていないんだって気がついたから。

行く道のすべてに闇はつきまとうだろう。
でも、行く道のすべてに光もあるのだって今は信じられるから。






ねえ、先生。
もうちょっと、がんばってみるからそこから見ててよ。






オレが、やっと見つけた大切な人たちを守るために生きてゆくところを、さ。








「カカシ先生、おそいってばよ!」
「悪い。これでも追悼祭が終わってからすぐに来たんだ」
「まったくもう。先生がこないからいつまでたっても始められなかったじゃないの」
「先に始めててくれてよかったのに」
「全員そろわないと意味がないじゃないの」
「…そろったんだから、さっさと始めないか?」
「まあ、それもそうよね」




「じゃあ、せーの!」








「「「誕生日おめでとう」」」









「ありがとだってばよ!」







この曇りなき笑顔を、守りたい。
いつまでもこの子達が笑っていられるように。







ねえ、先生。
オレ、今は生きてて良かったって思える。
生きて、この子達に出会えてよかったって。


だから、あなたのおかげで永らえたこの命を、大事にしようと思う。
少しでも長く大切な人たちと一緒にいられるように。



ゆっくりと、生きてゆくよ。










過ぎてしまった昨日に戻る術はない
失ってしまったあの瞬間を取り戻すことができないように



それでも、まだ見ぬ明日へ向かい生きる術は、ある
まだ来ぬいつかの瞬間を我が物にするために生き続けているように



そう、前にあるのは常に未知。
そして振り返れば道がある。



だから、今日の後悔を無にせぬために、精一杯生きてゆこう
今日の喜びを明日につなぐため、精一杯生きてゆこう









それが、俺からあなたへの多分何よりの餞
四代目追悼+ナルト誕生日



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