「ほら見ろ、これがオレの息子だ」
「…小さい」
「当然だ。でかかったら腹の中にはいらないだろうが」
「…気持ちよさそうにぐーすか寝てますね」
「ああ。何も考えないで、無邪気にな。おまえにもそんなときがあっただろう?」
「覚えていませんがね。…あなたにも、こんな時があったんですよね。信じられないな」
「…オレをなんだと思っているんだ」
「木ノ葉の英雄、白い牙。オレが最も尊敬する人の一人です」
「………」
生まれた喜びを
任務が終わり、でも仲間が怪我をしていたから、病院に連れて行ったらサクモさんに会った。挨拶をすると、珍しく上機嫌に笑っていて、その上「暇ならついてこい」とまで言ってくれた。特に用事も無いのでおとなしくついていくと、小さな小さな人間を見せられた。いや、人間というよりもサルに近いかもしれない。
幸せそうに眠る姿が、妙に印象的だった。
「…これ、本当に人なんですか」
「ああ。信じられねえだろ」
「……」
「抱いてみるか?」
「…いや、壊してしまいそうで」
「大丈夫だ。オレが抱いても壊れなかった。案外丈夫にできてるんだ」
「………」
「ほら」
サクモさんが大事そうに抱き上げた子供は、彼の腕の中で少し身じろいで、でも安心したように眠っていた。
この人が、親だとわかっているから安心しているわけではない。
むしろ、何もわからないし、知らないのだ。
きっと、この赤子が知っているのは今感じているだろう優しい暖かさだけ。
でも、いや、だからこそ、安心して身を任せている。
その無条件の信頼はどこからくるのだろう?
「抱いてやれ」
大事そうに、腕の中の赤子をオレに差し出してくる。
赤ん坊の抱き方なんて、知らない。そんなのアカデミーで教えてもらわなかった。…人体の急所なら腐るほど知っているけれど。
「ん…ぅ」
オレに差し出されているため、サクモさんのぬくもりが少し遠ざかったのだろう。少し不機嫌そうに眉をしかめたあと、赤子が、ゆっくりと目を開いた。
「あ…」
目が、合った気がする。
泣く、と思った。
「うあああぁぁぁん」
やっぱり、赤子はひくりと顔を歪ませて力いっぱい泣き始めた。
「ほら、見ろ。お前が受け取らないから泣き始めたじゃないか。…抱いて、軽くゆすってやれ。そうすれば、泣き止む。首を支えてやるのを忘れんなよ。頭が重すぎて、まだ自分じゃあ支えきれないんだ」
「うああぁああんぅ」
無理やり押し付けられて、オレは途方にくれた。
小さい子供は好きだけれど、でも、本当に赤ん坊の扱い方なんて、知らないのだ。
とりあえず、言われたとおりに少しゆすってみた。
「…ほら、泣かないで」
名前を呼ぼうとして、オレはまだこの子の名前を知らないことに気づいた。
サクモさんの顔を見ると、口を動かして教えてくれた。
「カカシ」
「泣かないで、カカシ。ほら、大丈夫。キミを傷つけるものなんて、どこにもない」
ゆっくりと、言い聞かせながら体をゆすってやる。
なぜだろう。
この子の名前を呼ぶときは、自分でも意外なほどに優しい声になる。
それも、無意識のうちに。
「…ぁ?」
「カカシ」
「っく…ぅん…」
少しずつ、赤子…カカシは、泣き止んでいって。
「カカシ」
名前を呼ぶと、笑ってくれた。
「あ…」
はじめてみた、この子の笑顔。
なんてキレイに笑うのだろう。
疑うことを知らない純真無垢な赤子。
この世界のキレイもキタナイも、何も知らない。
いいも悪いも、関係ない。
ただ、今、自分を抱きしめてくれる腕の温かさ、優しさだけで生きている。
「かわいいだろう?オレの息子は」
サクモさんの自慢げな言葉にうなずく。
「ありえないくらいに小さいだろう」
「猿みたいだろう」
「ふにょふにょでぐにょぐにょだろ」
「あったかいだろう」
その言葉に、カカシをぎゅっと抱きしめながらいちいちうなずく。
「守ってやりたくなるだろう」
その言葉に、はっと顔を上げた。
『何のために、忍ってのは戦うんでしょうね』
もう、ずいぶん前に物言わぬ死体を前に言った己の言葉を思い出した。
そのとき隣に立っていたこの人は何も言わなかったけれど。
「はい」
うなずくと、満足そうに笑うのが見えた。
「それが、答えだ」
はっきりと、うなずいた。
視界が、開けた。
「……」
「……」
無邪気にきゃっきゃと笑っていた赤ん坊は、少したつとまた眠ってしまった。
疲れたのだろうか。
「さて、そろそろカカシを返してもらおうかな」
カカシが眠ったのを見届けて、サクモさんが腕を伸ばしてきた。
このぬくもりを手放したくないと思ったが、サクモさんは父親だ。
仕方ない。
しぶしぶながらも、カカシを返すことにした。
「……」
「どうやら、おまえが気に入ったみたいだな」
服を、小さな小さな手がしっかりと握っていた。
なんとなく、嬉しい。
すがりつくように強く握って、放そうとしない。
知らず、笑みがこぼれた。
離れがたかったのは、俺だけじゃないのだと、こっそりと思う。
もちろん、赤ん坊がそんなことを考えるわけが無いとわかっていたけれど。
でも、小さな手がオレにすがってくれたことが、とにかく嬉しかった。
「カカシ…」
ゆっくりと小さな手を衣服からはがし、そのかわりに額にキスを送った。
「この世の幸福が、キミの上に降るように」
オレに、大切なことを教えてくれたキミに。
「………」
カカシを寝かせると、サクモさんとオレは無言で連れ立って病院の外にある大きな木の下に来た。
「守れよ」
行きかう人々を何とはなしに見ていたら、不意にサクモさんが口を開いた。
「え?」
「カカシを、守れよ。何があっても」
強い言葉。
それだけに強い、思い。
「…サクモさん、親ばかですね」
「うるさい」
「守りますよ。何に変えても、あの子だけは。オレに、大切なことを思い出させてくれた、教えてくれた。…あの子を、カカシを守ります」
思い出させたのはオレの手柄じゃないのか、とサクモさんがぼそっとつぶやいたけどそれは気にしないことにする。
「何に変えても、カカシはオレが守ります」
「…言ったな」
「はい」
「言ったからには、守れよ。泣かせたら許さんからな」
「サクモさん」
「何だ」
「やっぱり親ばか…」
言ったとたん、殴られた。
…痛いなあ。
「お誕生日、おめでとー!」
向けられた言葉にびっくりした顔をしたカカシを見て、微笑んだ。
「なにぃ、カカシ、今日誕生日だったのか!?」
「はい、プレゼント」
「………ありがとう」
「なんでリンは知ってるんだ!?」
「もう、一昨日ちゃんと言ったでしょ。明後日はカカシの誕生日だから一緒に祝ってあげようね、って」
「え…?…、……!」
「…いいよ、別に」
ほほえましい光景だ。
あの日の赤子は、こんなにも大きくなった。
何年か前のあの日はじめてみた赤子は、今は少年だった。
いろいろなことがあったけれど、今、仲間からの言葉に照れくさそうに笑っている。
「カカシ」
名前を、呼ぶ。
初めてその名を口にしたときと同様に。
「なんですか?」
振り向いて、真っ直ぐにオレを見上げる。
その視線の強さを、いとしいと思う。
「誕生日、おめでとう」
キミがここにいる奇跡を、誰に…何に、感謝すればいいのだろう。
どんな言葉を駆使しても表すことができない、この胸の喜び。
「誕生日、おめでとう」
あふれる思いを形にするように、もう一度言った。
「ありがとう、ございます」
多分、お義理ではない微笑を浮かべたカカシが、嬉しそうに、でも歳に似合わない落ち着きをもって応えた。
この笑顔を、守るためだったら何だってできる。
カカシの心を守るためだったら、何だってしてみせる。
いつも、心に誓うように思う。
「サクモさん」
墓の前に、立った。
みんなでご飯を食べて、それから子供たちを家に送っていったため、もうあたりは真っ暗で墓石に刻まれた名前を読むことはできない。読む必要も、無いけれど。
「今日は、カカシの誕生日ですよ」
数刻前のことを思い出して、ふと笑みをこぼした。
オビトとリンは勿論のこと、カカシも笑っていた。
少し、歳相応の幼さが見られる笑顔だった。
「ちゃんと、笑っていましたよ。嬉しそうに。楽しそうに」
あの子の笑顔が、好きだ。
つらいことがたくさんあって、年に似合わない笑みを浮かべる。
笑うことを忘れていたこともあった。
でも、時々…本当に時々、見せてくれるあの子の本来の笑顔が、言葉にできないほどにいとおしい。
その笑顔を見るたび、決意を新たに。
心に、深く刻み込む。
「…これからも、ずっと、カカシを守ります。あの子がもっと大きくなって、オレよりもずっと強くなったとしても、あの子がオレを必要としてくれるなら、いや…あの子がオレを必要としなくても、それでもオレはいつまででも守り続けます」
当然だ、とでもいうように強い風がオレの頭を叩いていった。
…痛いなぁ。
わかっていますよ。
サクモさんの分まで、いや…それ以上に、カカシを守り、愛し続ける。
いわれるまでも、ありません。
あの子は、オレの『希望』だから。
あの日出会った小さなキミ。
幸せであれ
幸せであれ
この広い世界でめぐり合えた奇跡を、出会えた喜びを、そして何より生まれた喜びを。
キミは忘れないで欲しい。
望むことは、ただそれだけ。
オレは、キミの、そばに、いる。
カカシ誕生日小説
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