伝えられなかったいくつもの言葉が今でもオレのなかで空回りし続けている。
大切なあなたたちへ
「……オビト、……先生…」
慰霊碑
この場所に立つたびに、オレは考える。
ここで、いつも気持ちを切り替える。
昨日のオレが、この場所に立ってやっと今日のオレになる。
「おはよう…ございマス」
朝、一番に言葉を向けるのはいつもいつもこの二人。
朝、一番に心を向けるのもいつもいつもこの二人。
オレの、大切な二人。
オレの親友と、先生。
誰よりも大切な、大切な人たち。
たくさん迷惑かけて、それでもいつも優しく微笑みながら見守ってくれていた三代目よりも。
いろいろ相談に乗ってくれて、いろんなくだらない愚痴なんかも聞いてくれて、いろいろとオレのことを気にかけてくれている自来也様よりも。
オレを産んでくれた、顔も覚えていない母親よりも。
誰よりも尊敬してた、大好きな父親よりも。
いつも優しくって、可愛かったリンよりも。
大切な3人の教え子よりも。
ずっと前に道を別ってしまった、信頼できる友人だったイタチよりも。
なんだかんだ言いつつも心配してくれてる友人たちよりも。
オビトと先生、この二人のほうが、はるかに大切なんだ。
こんなオレを、“冷たい”と思うかもしれない。
でも、二人以上に大切に思える人が、いないんだ。
この二人が、大切すぎたんだ。
だから、今でもオレの心は二人で占められている。
「今日は…いや、今日も、また任務です。ここのところ休みがないからゆっくり寝れないし、部屋の掃除もできないなあ。…でも、ナルトもサクラもがんばってるんだろうから、オレもがんばらないと。…あいつらの足をひっぱるわけには行かないから。…大丈夫だよ。ムリはしてないから」
そう言って、作ったわけでもなくやわらかく微笑む。
この二人以外の誰にも、こんな顔は見せられない。
見せたいとも、思わない。
「…今日は、天気がいいよ。爽やかな五月晴れだ。…気温は高くなりそうだけど、でも、風がちゃんとあるから…気持ちのいい日に、なりそうだ」
その言葉を証明するかのように、一陣の風がすぅっと吹き抜けてゆく。
その心地よさに、もう一度、笑った。
「オレと、オビトと、先生と、リンと。4人で、のんびりとこんな気持ちのいい日にお散歩したこともあったよね。確か、オレとオビトが喧嘩して結局先生に怒られたんだ。リンも、怒ったみたいにお説教しながらもオレ達の手当てしてくれたし」
くすくすと、そのときのことを思い出したら笑いがこみ上げた。
なんて、優しい時間だったのだろう。
なんて、いとおしい瞬間だったのだろう。
「…そんなことも、あったんだよね。もっとあったら、よかったんだけど…」
遠い昔の大切な大切な記憶。
もう、二度とかえらない優しい思い出。
かけがえのない、幸せ。
なのに、あのころのオレはその幸福に気づくことなく、そんな日々を甘受していた。
『大切なものは、失ってからその大切さに気づく』
最初に言ったのは、誰なのだろう。言い得て妙だ。
時代が悪かった。
生まれたときが、悪かった。
何人も何人も、知っている人も知らない人も、敵も味方も、数え切れないほどの人が死んでいった。
戦争のない時代に生まれたかった。
でも、それでもあの時、この里で生まれたから、大切な人たちにめぐり合えた。
生まれたことも、出会ったことも今はもう不幸だとは思わない。
だから、多分、最悪な時代に生まれたにしてはオレは幸せなほうだったのだと今では思えるようになった。
「…4人でいられた時間は短かったけどさ、でも、その分内容は濃かったよね。今なら、素直に楽しかったって思える。……すごく、幸せな時間だった」
声が、少しだけ…かすれそうになった。
そして、かすれそうな声とは裏腹に目は潤ってきた。
あわてて、空を見上げる。
空の青と雲の白。
コントラストが、なんて美しい。
「オビト」
もう、会うことのかなわない友の名を呼んだ。
ぎゅっと目を閉じると、眦にたまった水が、頬を伝った。
胸が、苦しい。
うつむいて、意を決したように口を開いた。
「先生」
微かに震える声で、今尚、手の届かない場所にいる人を呼ぶ。
こみ上げてくる何かを抑えるために、もう一度空を仰ぐ。
目にまぶしいほどの青い空。
手を伸ばせば届きそうにも感じられる白い雲。
映る緑はひたすらに優しく、風になびいてざわざわとゆれる。
「ねえ、オビト。ねえ、先生。ちゃんと、そこから見てる?オレ、がんばってるでしょ。これからも、がんばって生きていくよ。あなたたちが見れなかったキレイな景色も、カワイイ生き物も、オモシロイ話も、タノシイ出来事も、キタナイ部分も、ツライ光景も。全部、全部目をそらさずに見るよ。いつか、オレがしわくちゃのおじいさんになってあなたたちのところに行ったときに、ちゃんと話してあげれるように。最後まで、見るよ」
言葉が、いつもよりも幼くなってしまっていることに途中から気づいたが、直すつもりはなかった。
彼らの前では子供のころの自分に戻ってもいい気がしたから。
あまりにも短かった少年時代。
きっと、一番つらくて一番幸せだった。
二度と戻らない。
「…もう、時間だ。行かなくちゃ」
流れた涙を手の甲でぐいっと少し乱暴にぬぐってから、もう一度微笑みを浮かべた。
「いってきます」
胸の中でもう一度大切な二人を呼び、それからいつまでもその場に留まりたがる己を叱咤するかのように一瞬で姿を消した。
そうして、“今日”という日をまた、生きてゆく。
あたたたちに恥じない自分でありたい
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