もうすぐクリスマスが来る。
オレはあの年のクリスマスを思い出す。
もう二度と戻らないあの日を、思い出す――
雪景色
雪が降った。
任務が終わって、教え子たちはどこかへ行ってしまった。
オレは任務の報告書を提出して外に出た。
(寒い…)
暑いのも寒いのも平気だけど暑いのも寒いのも好きではない。
曇天をにらみつけると、目の端を白いものが舞った。
そのまま天を見上げていると、後から後からそれは降ってきて、顔に当たって冷たかった。
(雪…)
この調子で降り続けるのなら明日の朝には積もっているかもしれない。
ナルトははしゃいで雪の中を走り回りそうだ。
サスケは眉をひそめながらもナルトにぶつけられた雪玉に反応してやり返すうちに夢中になっていきそうだな。
サクラは寒いと文句を言いながらも雪を喜んでサスケと一緒にナルトに雪玉をぶつけるかもしれない。
想像していると楽しくなってきた。
口元に笑みを浮かべながら家に向かってゆっくりと歩いた。
翌朝。
窓の外を見ると真っ白だった。
やはり雪は積もったらしい。
どこからか雪にはしゃぐ子供の歓声が聞こえる。
今日は任務はない。
オレは黒のロングコートを着て外へ出た。
雪の上を歩くたびにサク、サク、と音がした。
明日にでもなれば溶けて泥と混じってしまうのだろうが今は踏み荒らされる前のただただ白い雪があるばかりだった。
少し立ち止まって振り返ると足跡が当然のように自分に向かって続いていた。
それを、美しいと思った。
雪が降ると思い出す。
さまざまな場面。
いろいろな人たち。
大切な記憶。
雪には思い出のかけらがつまっているのかもしれない。
「カカシせーんせ!」
「サクラ」
名を呼ばれ振り向くとあふれるほどの荷物を抱えたサクラといのとシカマルがいた。
「いのとシカマルも」
「こんにちは!」
「………ドモ」
いのは元気いっぱいに言い、シカマルは軽く頭を下げた。
「すごい荷物だな」
彼等のあふれるほどの荷物を見た。
サクラといのは満面の笑みを浮かべているがうんざりした表情から察するに、シカマルは無理やりつれてこられたらしい。
「ああ、これ?」
「今日は、みんなでクリスマスパーティーするんです」
「あれ?今日って…」
「24日っすよ」
「ああ、そうか…」
どうりで里が浮かれているわけだ。
「ヤダ、もしかしてカカシ先生ったら気づいてなかったの?」
「まあ、な」
サクラといのが信じられない、というような顔をした。
「カカシ先生クリスマスを一緒にすごすような人いないの?」
「なんだったら私たちのパーティーに参加します?」
オレは彼女らの誘いに首を振った。
「確かにクリスマスを一緒にすごすような人はいないけど、生憎今から行く場所があってな」
クリスマスといえば思い出す光景がある。
とてもとても幸せな。
そこには年相応の幸せがあった気がした。
「もともとそこに行くつもりだったんだけど、クリスマスとあっちゃ尚更…ね」
サクラといのは不思議そうにオレを見ていた。
「どこ行くの?」
当然の疑問。
「墓参りだよ」
「…誰の?」
「おい」
興味を持ったサクラがたずねようとしたら、シカマルがさえぎった。
気遣ってくれたのだろう。
人の心を読むのに長けた子だから。
視線で礼を言ってからオレは笑った。
「ナイショ」
「「ええー!」」
サクラといのは不満そうだった。
「そろそろ行かないと準備、時間が足らなくなるんじゃないか?」
「あっ!ホントだ」
「ヤバっ!」
しかし、シカマルの一言で途端に慌てだす。
どたどたとあわただしく走っていく二人を見ながらシカマルがため息を吐いた。
「ありがとね」
「…別に」
礼を言うと少し照れたようにそっぽを向かれた。
「シカマルー!」
「早く来なさいよーー!」
少し離れた場所から少女たちが叫ぶ声が聞こえた。
「じゃあ、失礼します」
もう一度ため息を吐いてからシカマルはめんどくさそうに歩いていった。
子供たちの姿が小さくなっていくのを見送ってからオレもまた歩き出した。
サク、サク、サク
歩くたびに聞こえる小さな音。
音と共に残されていくオレの一人分の足跡。
サク、サク、サク
「ほら、見て!」
はしゃいだ声。
振り返ると真っ白な雪の上に並ぶ二つの足跡が見えた。
「オレの足跡とカカシの足跡」
隣に視線を移すと、その人はひどく嬉しそうに笑っていて、つられるように少年の口元もほころんだ。
「オレのほうが足でかいね」
「…オレの足だってすぐに大きくなりますよ」
「手もオレのほうが」
手を重ねられた。
その人の手は大きくて、少年はくやしそうに彼をにらみつけた。
「背だってオレのほうが高い」
「まだまだ成長期ですからあっという間に追い抜かして見せますよ」
「ダメだよ」
「何が」
「カカシ君が大きくなったらその分オレも大きくなるから」
「…あんたいくつですか」
「永遠の少年だから大丈夫!」
墓参り、と言ったが向かったのは里のはずれだった。
そこに立っている大きな木に歩み寄る。
左手を幹に伸ばす。
手のひらに伝わるごつごつとした感触。
ヒヤリとして冷たい。
その手の甲に押し付けるように額を預けた。
「カカシ」
重々しく力強い低い声。
「なぁに?」
舌足らずな高い子供らしい甘さを含んだ声。
寒さに鼻の頭が赤くなっているのがかわいらしい。
「この木を見てごらん」
言われるままに子どもは見上げた。
その木は大きすぎて、見上げているうちに頭の重みで後ろに転んでしまいそうになったのを大きな手が支えた。
木のてっぺんは見えない。
とても大きい、しっかりとした木だった。
「おっきすぎて、てっぺんが見えないよ」
すねて唇を尖らせた子どもを抱き上げて大人は笑った。
「そうだな。今のおまえにはそうかもしれないな」
「おとうさんには見えるの?」
「ああ。見えるよ」
「ずるいっ!おれも見たい!」
不満そうに駄々をこねる息子に苦笑してしかたないな、と父親は小さな身体を抱き上げて数歩後ろに下がった。
「どうだ?これなら見えるか?」
「うんっ!」
冬だというのに青々とした葉が残っているその木に積もる真っ白な雪がとてもきれいに見えて少年は嬉しそうに笑った。
おっきなクリスマスツリーみたいだ。
てっぺんに星はついていないけれど。
「おっきいねぇ〜」
しみじみと言う様子に笑ってから父親は言った。
そっと雪のつもった地に子どもを降ろしてから目線を合わせるために方膝をついた。
「この木のように、大きくて頼れる忍になりなさい」
「?」
「何があっても揺るがない人になりなさい」
「…なにいってるのかわかんない」
「まあ、ようするに強くなりなさいということだ」
「おとうさんみたいに?」
その言葉に父親はうなずかなかった。
彼は自分が強いことを知っていたが自分の弱さもよく知っていた。
だから、うなずかずに微笑んだ。
それでも子どもは満足したのか、大きくうなずいて胸を張って言った。
「おれ、がんばっておとうさんみたいにつよくなって、おとうさんといっしょにさとをまもるね」
父親は一瞬驚いた顔をしてから、破顔した。
「楽しみにしてるよ」
その言葉を聞いて小さな子どもは本当に嬉しそうに笑って、大好きな父親にしっかりと抱きついた。
どうして雪の日には暖かな思い出が多いのだろう。
顔を上げて体の向きをかえ、幹に背をあずけてずるずると座り込んだ。
足跡が目に映る。
それは躊躇うことなくまっすぐにこの木に向かっていて、自分のものであることはわかっていたがとても美しい光景に見えた。
自分は迷ってばかりいるから、だから、迷わないものに惹かれるのかもしれない。
父も、親友も、先生も、オレの大切な人たちはみんな迷わない人だった。
いつだって本当に大切なものが何かを知っていて、躊躇わずにソレに向かっていくのだ。
たとえその行く道にどれほどの困難があろうとも、その瞳にはわずかな迷いもないのだ。
その光はまぶしくてまぶしくてまぶしくて、嫉ましく思うと同時に憧れも覚えた。
記憶に残る一番暖かくて幸せだったクリスマスを、思い出す。
「〜〜〜っ!」
後頭部に思い切り雪の塊をぶつけられた。
それと同時に背後で笑い声が聞こえる。
急いで振り返ってにらみつけると、黒髪の少年が腹を抱えて笑っていた。
その笑顔に腹が立ったのだろう、銀髪の少年も思い切り雪の塊を彼に投げつけた。
ベシャ
顔面にヒットする。
銀髪の少年は見下すように鼻で笑った。
「フン」
「〜っこのヤロウ!」
あとはもう、お決まりのパターンだ。
互いに何か罵りあいながら雪玉をぶつけ合う。
二人が雪まみれになったころに少女が走り寄ってきた。
「もう、二人ともやめなよぅ」
風邪ひくよ?
少年たちは同時に少女に眼を向けた。
「リン」
少女の名を口にしたのは銀髪の少年のほうで、黒髪の少年は慌てて服についている雪を払い落としていた。
「二人とも、雪でデロデロだよ?風邪引いたらどうするの!」
医療忍者でもある彼女は普段よりもきつい口調で二人を叱った。
「風邪ひいて辛いのは自分だけど、困るのは自分だけじゃないんだよ?」
「「ごめん」」
あまりの正論に返す言葉もなく、少年たちは素直に謝った。
「じゃあ、ぬれた身体をあっためるためにもみんなで銭湯に行こうか!」
「「「!?」」」
少年たちの背後から突然声が聞こえた。
三人とも声の持ち主が誰であるかはもちろんわかっていたが、反射的に身を強張らせる。
「「「先生!」」」
急いで振り返るとそこにいた予想通りの人の姿に3人は同時に声を上げた。
「ね?」
「「………」」
「ハ…、ハハ…」
「アハハハハ、ハ」
にっこりと返された笑顔に少年たちはなんとなく脱力して視線を交わした後にどちらからともなく笑い出したのだった。
(それで?その後どうしたんだっけ)
雪が降り出した。
足跡が消えてしまうな、と思いながらそれをぼんやりと眺める。
風に流された雪が自身にも積もってきていたが、別段気にならない。
暑さも寒さも苦にならない。
ただ、黒いコートに白い雪は目立つなと思った。
(ああ、そうだ…)
そっと眼を閉じた。
「明日になっても残ってるかなぁ」
銭湯を出て4人で歩いていると、青年がふと呟いた。
「何がですか?」
隣を歩いていた銀髪の少年が聞き返す。
「何って、もちろん雪だよ。雪」
「ああ」
視線を転じればそこには真っ白な世界。
「これだけの雪が明日までにとけることはまずないと思いますけど」
呆れたようにため息を吐いた少年とは対照的に青年は嬉しそうに笑った。
「だったら、明日みんなで雪だるまを作ろうか」
「はぁ!?」
「あたし、賛成!」
「オ、オレも!」
怪訝そうな声をあげた銀髪の少年とは裏腹に、少女は嬉しそうに手を上げて、それを見て慌てて黒髪の少年も同意を示す。
青年はにこにことそんな教え子たちを見ていた。
「ねえ、カカシも作ろうよ!みんなで作ったほうが楽しいよ、きっと」
笑顔の少女に顔をのぞきこまれて少年は嘆息してからうなずいた。
「わかったよ」
その言葉を聞いて少女はひどく嬉しそうに笑ったし、黒髪の少年も口元を緩めていて、青年は満面の笑みを浮かべたからたまにはこういうのも悪くないかもしれない、と銀髪の少年は思った。
翌日の任務もとても簡単なもので、すぐに終わらせると4人は里を一望できる少し開けた小高い丘まで登った。
「あそこに作ろう」
青年が言ったからだ。
銀髪の少年は少しめんどくさいな、と思ったけれど何も言わずにうなずいた。
彼が何も言わないのならほかの二人もおとなしくうなずいて青年についてきた。
そして、実際にここまでくると子どもたちもこの場所に作りたいと思った。
景色はいいし、人があまり来ない場所らしく雪はきれいなまま大量に残っている。
「じゃあ、オレとカカシで胴体作るからリンとオビトで頭作ってよ」
にっこり笑って青年が提案すると、少年たちは即座にとりかかった。
「おっしゃ!リン、胴体よりもでかい頭つくろーぜ!」
「それはバランスが悪いよぅ」
「カカシにはぜってー負けねえ!」
「でも、そうだね。負けないんだから!」
黒髪の少年と少女は挑発的にそう言ってすぐに雪玉を作り始めた。
少女が作った小さな玉を少年がそうっと転がしてどんどん大きく育てていく。
ある程度まで大きくなると今度は少女と二人で転がした。
「ちょっと、オビト!早いよ」
「そんなことない!リンも早く転がさないとカカシたちに雪とられちまうぞ」
「んも〜」
「カカシ、オレたちも負けていられないね!」
やる気満々の青年を呆れたように見ていたが、ちらりと横目で黒髪の少年と少女のほうを見てから銀髪の少年もしっかりうなずいた。
「2頭身の雪だるまにしてやりましょう」
「何言ってるの、2頭身じゃだめだよ。目指すなら3頭身にしなきゃ!」
「…」
青年がしっかりと力を込めて小さな雪玉を作った。
それを少年が青年の誘導に従って転がしていく。
「ほら、カカシ、こっちこっち!こっちにたくさん雪があるよ!」
「はい」
時々交代して、最後には二人で仲良く随分大きくなった雪玉を転がした。
「そっちはできたー?」
「おう!」
「へへ、大きいのができたよ!」
「ま!こっちには負けるだろうけどね」
「絶対オレたちのほうがでかい!」
「かんせーい!」
「ほら、二人とも見て!」
言い争う少年たちをよそに雪玉を合体させた青年と少女は嬉しそうに彼等を見た。
「あたしたちもおっきいの作ったのに、先生とカカシったらもっと大きいんだもん。びっくりしちゃった」
「3頭身の雪だるまにしてやる予定だったんだけど、オビトとリンもがんばったね。1.3頭身にしかならなかったよ」
出来上がった雪だるまを見て少年たちも嬉しそうに笑った。
が、すぐに銀髪の少年は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほら、オレと先生の雪玉のほうが大きかったでしょ」
「うるせぇ!オレたちはな、頭でっかちじゃあみっともないと思ってわざとおまえたちよりも小さくしてやったんだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る黒髪の少年に対して銀髪の少年は涼しい顔だ。
それを見て青年は楽しそうに笑っていたが、少女はおろおろと二人の仲裁に入る。
「もう、二人とも喧嘩はやめなってばよぅ!」
にらみ合う二人の間に入り、精一杯笑みを浮かべた。
「それよりも、早くこの子に顔作ってあげようよ!」
「そ、そうだな」
少女に弱いらしい黒髪の少年はすぐににらみ合うのをやめた。
「リン、顔作ってあげてよ」
銀髪の少年もにらむのをやめて優しく言った。
「え、でも…」
「オレはこういうの苦手だし、オビトが作ったら福笑になりそう」
「うるせえよ!」
「先生にいたっては…」
ちらりと青年を見た。
「目とか口とかがいくつもある妖怪にしちゃいそう…」
ためいきとともにそう言うと、青年はひどいなぁ、と呟いた。
「とにかく、リンが一番向いてると思うよ。こういうのは」
「わかった!じゃあ、がんばってかわいい子にするね」
「ほら、見て!」
弾んだ声。
満足のいくできなのだろう。
嬉しそうな顔を男たち三人に向けて少女は笑った。
「へぇ」
「おぉ!」
「すごいな」
それぞれに感嘆の呟きをもらして三人も笑った。
少しかわいすぎる気もするが、なかなかのできだった。
みんな嬉しそうに笑った。
幸せとはあの雪だるまのような他愛のないものなのかもしれない。
雪が、降り積もる。
髪に、肩に、足に、心に。
音もなく、色もなく、降り積もっていく。
こうやって記憶もどんどんつもっていくのかもしれない。
消えることはなく、溶けてしみこんでいくのだ。
オレという存在に。
「ックショイ!」
黒髪の少年が、くしゃみをした。
「オビト、大丈夫?」
「あ、ああ…」
鼻をすする少年を気遣う少女。
「じゃあ、雪遊びはこのくらいにして銭湯行こうか」
「ええーっ、今日もー?」
「何、オビト。不満なの?」
「そーゆーわけじゃねぇけどさぁ…」
「じゃあ、風邪引く前に早く行こう」
大きな風呂から上がって、ミルクコーヒーを飲みながらリンを待った。
リンは15分くらい経ってから来た。
「遅くなっちゃった。ごめんね」
申し訳なさそうにそう言った。
「今日はみんなに一楽のラーメンをおごるよ!」
銭湯から出て里を4人で歩いていると青年が言った。
子どもたちが歓声を上げる。
それを楽しそうに見ながら青年は率先して赤い暖簾の屋台に向かった。
タイミングがよかったのか、席は空いていた。
「味噌ラーメン2つとトンコツ2つね」
青年と黒髪の少年は味噌。
銀髪の少年と少女はトンコツ。
定番だから青年はわざわざ伺うことはせずに暖簾をくぐるなり顔なじみの店主に言った。
「はいよ!」
キレのいい声が愛想良くこたえる。
外は寒いけれど白い湯気につつまれてここは少し暖かかった。
「あ、そうだ。忘れないうちに渡しとくね、これ」
注文したラーメンを待っている間に、青年が懐から包みを3つ出した。
赤、青、緑の三色だった。
「これがリンで、これがオビトで…で、これがカカシね」
少女には赤。
黒髪の少年には緑。
銀髪の少年には青の包みがそれぞれ渡された。
「え?」
「今日、クリスマスだからね。せっかくだし、プレゼント」
少年たちの驚いた顔がだんだん笑顔に変わっていくのを青年は嬉しそうに見ていた。
「でも、オレ、何も用意してない…」
嬉しそうな顔をしていた銀髪の少年が申し訳なさそうな顔になった。
その言葉にほかの二人もはっとなり、しょんぼりとなる。
「オレも…」
「あたしも…」
その様子に青年はあわてて手を振った。
「そんな、気にしないでよ。オレが勝手にあげたんだし。オレが、あげたかっただけなんだ。だから、気にしないで喜んでくれればそれだけでいいから」
その言葉にますます申し訳なさそうな顔をしたがこくりとうなずくと、少年たちはもう一度言った。
「先生、ありがとう…」
「大事にするね」
「本当の、本当に、すっごく嬉しい」
子どもたちの笑顔を見てまぶしそうに目を微かに細めてから青年も満面の笑みを浮かべた。
「実は、オレもおそろいで同じの買ったんだ。ぜひ使ってよ」
大きくうなずく子どもたち。
もらったばかりの包みをしっかりと抱きしめて嬉しそうな顔をしている。
「へい、おまちっ!」
丁度その時、注文していたラーメンが各々の前にどんっ、とおかれる。
「せっかくのクリスマスだからね。チャーシューいつもよりもおまけしといたよ!」
店主の言葉にみな嬉しそうに礼を言った。
冬で、雪が積もっていて、暖簾の一歩外は寒いとわかっているのにやたら暖かい時間だった。
(あの時、何もらったんだっけ…)
本当に些細なものだった。
毎年、誕生日とクリスマスには何かプレゼントをくれた。
すべてオレの宝物だ。
(ああ、あれか…)
脳裏に浮かべたのは万年筆。
オレが青で、オビトが緑で、リンが赤で、先生が黒。
もう随分前に壊れてしまって使うことが出来なくなったそれは、今でも机の引き出しの中に大切にしまってある。
4本そろって。
もう会えない大切な人たちを思う。
今でも胸は壊れそうなほどに痛む。
涙は枯れてしまった。
悲しみは忘れない。
痛みも。
でも、前に進む勇気ももらった。
導いてくれる光も。
だから、笑う。
たとえ作ったものであろうといつかはそれが本物になるように願いながら。
笑って、歩いていけたらいい。
あのころ、不安定な世界の中で先生がくれたささやかな日常の普通の少年たちのような幸せが嬉しかった。
5歳でアカデミーを卒業し、6歳で中忍昇格試験に合格した。
父の死以来、心を閉ざしひたすら強くなることのみを求め忍という道具として生きようとしていたオレに彼等はまぶしかった。
いつだって躊躇いなく笑顔をくれて、手を差し伸べてくれた。
それがどれほど嬉しかったか伝える前に彼等は逝ってしまったけれど。
戦場の辛い記憶が多い中、この里で4人過ごした時間は思いがけないほどの幸福に包まれていた。
「オビト…リン……先生…」
眼を閉じたまま呼ぶ。
幸せをくれたやさしい彼等。
彼等はその短い、短すぎる生の中でいくつかの幸福を手にすることが出来たのだろうか。
あの日の笑顔を抱きしめていいのだろうか。
「………」
もう一度、会いたい。
会って、ありがとうと言いたい。
「ほら、見てごらん」
4人で並んで歩く帰り道、不意に青年が言った。
彼の指が示す先を見ると、4人で作った大きな雪だるまが里を見ていた。
「あ…」
小さく呟いた声は誰のものであっただろう。
「オレたちの雪だるまが、里を見守ってくれてる」
それは不思議に暖かい光景だった。
「うわぁ…」
嬉しそうに笑いながら少女は雪だるまに向かって大きく手を振った。
「おーい!雪だるま!!ずっとずっと溶けずにオレたちを見守ってろよ!!!」
黒髪の少年が大きな声で叫ぶ。
そんな二人を見て笑いながらも銀髪の少年も雪だるまから目をそらさない。
「だから…あの場所に作ったんですね」
隣に立つ青年だけに聞こえる小さな声で銀髪の少年が言うと青年はうなずいた。
「そう。あそこだったらここから見えるし、あの子からもオレたちが見えると思ったんだ」
青年はひどく穏やかなやさしい顔をしていた。
それにつられるように少年も穏やかな顔をしていた。
「あの雪だるまは…」
「ん?」
「触ったら、きっととても暖かい」
少年の言葉に青年は笑わなかった。
笑わずに、穏やかにうなずいた。
「そうだね。みんなで優しい気持ちで作ったからね」
「オビトの言葉じゃないけど…ずっと、溶けずに残っていたらいいのに」
その言葉には純粋な幼い願いがこもっていて青年はふと息苦しさを覚えた。
(幸せな未来を…幸せというものを、この子たちにあげたい)
大人たちが馬鹿だからいつも世界は戦っていて、こんな小さな子どもたちでさえも戦場に借り出されている。
そんな世界しか、そんな日常しか、この子達は知らない。
(この子は…この子たちは、幸せな世界を見たことがない。いつか、見せてあげたい。幸せな世界で、笑いあいたい)
たとえば、この雪だるまが特別な幸せにはならないような世界を。
「先生?」
少年が不意に黙り込んだ青年を心配そうに見上げた。
そのまだまだ幼い姿を見て青年は内心の思いを隠してゆっくりと微笑んだ。
「ねえ、カカシ…」
「はい」
「来年も、みんなで雪だるま作ろっか」
「…」
「来年も、再来年も、その次も、…10年経っても20年経っても、毎年毎年、みんなで雪だるま作ろっか」
「…雪が、降るでしょうか」
「降るよ」
「…」
「オレたちの雪だるまのために、雪は降るよ」
少年は笑った。
それから、雪だるまを見上げてあれやこれや話している少年と少女に駆け寄り、一緒に何かを話し始めた。
年相応の笑顔が、そこにはあった。
それを守りたいと、強く願った。
ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
音もなく舞う雪は冷たくて、寂しくて、美しかった。
(このままじゃオレが雪だるまになる…)
起き上がるのは億劫だったがそれはそれでイヤなので仕方なしに立ち上がる。
肩に積もっていた雪が地面に落ちる。
ついでに頭に積もっていた雪も払い落とした。
そしてゆっくり一歩踏み出す。
さっきの足跡はまだうっすらと残っていた。
それを消さないように気をつけながら木から遠ざかっていく。
来たときと同じように途中で立ち止まって振り返ると雪の上には自分へと続く足跡が残っていた。
(僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る…か)
いつか読んだ詩の一節を思い出す。
微笑みながら、オレはまた歩き出した。
(歩いていけば、跡が残る。良くも悪くも…。だったら、オレはせめて迷わずに歩こう。振り返ったときに少しでも後悔の少ない道を作ろう…)
オレは来年も再来年もその次もずっとずっと忘れずにあのクリスマスの日を思い出すのだろう。
穏やかで幸せなあの不思議に暖かかった雪の日を。
あの、みんなで作った里を見守る優しい雪だるまを。
きっとずっと、忘れずに思い出すのだろう。
幸せって、特別なことじゃないんだ。
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