チョコレートフォンデュ
毎年、いろんなやつからチョコレートをねだられる。理由は簡単。俺の趣味が料理であり、うちは華のない男子校だからだ。せめてもの慰めに男からでもいいからチョコがほしい、ということらしい。料理は好きだし、俺の作った料理を食べて美味しいと言ってくれるのは嬉しい。しかも、やるならとことんまで、と無駄に凝り性な性質を遺憾なく発揮してきれいにラッピングまでするのだ。13日の夜には大量のそれらを見て満足感と同時にどこかやるせなさも感じる。俺だって男だ。どうして男にチョコを配るんだ。だが、チョコを渡したときの嬉しそうな表情を見てしまうと、何も言えなくなる。
だが、年々増えていくその量に、正直めんどくささも感じていた。
しかし今年のバレンタインは日曜日。
だから、今年はそれを口実にチョコ作るのをさぼろうと思っていた。
だというのに。
休みの日であるのをいいことに惰眠をむさぼり目覚めたのは11時。くあ、と欠伸をしながらよく寝たぜ、と伸びをしたついでに、机の上に放り出されていた携帯が光ってメールの受信を知らせていることに気づいたので、まだ心地よい眠りの余韻にひたりながらメールを開いてみれば。
一時にチョコもらいにいく。
幸村、佐助、元親、元就、慶次の5人からの連盟メール。こちらの都合なんておかまいなしのその内容にぴき、と青筋を立てる。いっそ無視してどっかに逃げようかと思わないでもないが、タッグを組んだこの5人から逃げ出せる気がしない。というか、チョコをやるまですっぽん以上のしつこさで食いついてくるに違いない。どこかに出かけたとしても帰ってくるまで待っていそうで怖い。
「God dam！」
ホワイトデーは10倍返しをせびってやろう。
とはいうものの。
着替えて顔を洗って朝昼兼用の食事をして。今から材料を買いに行ってつくるとなると、そう凝ったものはつくれない。生チョコやトリュフにしても、冷やす時間が足りないし、焼きたてのガトーショコラなんて微妙だし。ブラウニーにしたって同じこと。いったいどうしたものか。
「…やっぱ、アレかな」
「よく来たな、おまえら」
午後一時きっかり。普段の身勝手さがうそのように時間ぴったりにあらわれた5人組ににっこり笑いかけてやる。もちろん目は笑っていないのだが、そんなことを気にするやつらじゃない。というか、
「おじゃましまーす」
邪魔だと思うならさっさと帰れ。俺の平和な休日を返してくれ。
「おお、チョコレートのにおいがいたしまする！」
チョコくれって言ったんだからあたりまえだ。キムチの匂いなんかしてたらおかしいだろ。
「今年は何作ったんだい？」
料理上手のおばさんから毎年チョコもらってるくせにちゃっかりチョコせびりに来るんじゃねーよ。
「毎年これが楽しみなんだよな〜」
女からはなくても舎弟から大量にもらってるくせに何言ってやがる。
「…」
休みの日にチョコ強奪しに人んちに押しかけてきておいて、無言かよ。
「…今年のチョコは、これだ」
ため息とともに諸々の文句をあきらめ、5人の先頭にたってリビングに案内する。
ガチャ
ドアを開ければより強くなるチョコの香り。顔を輝かせた5人が我先にと部屋の中に入る。
「…え？」
リビングのローテーブルの上には火のついた卓上コンロ。
「こ、これはいったい？」
「…なんか、煮えたぎってるんですけど」
「ぐつぐついってるね」
「…チョコって直火にかけていいもんなのか？普通、湯煎だろ」
「よく知っておるな、さすが姫和子」
鍋の中いっぱいの溶かしチョコレート。その横にどん、とマシュマロやフルーツやクッキーを置く。
「今年のValentineはchocolate fondueだ」
そもそも、考えるまでもなく俺はこいつらにチョコを作ってやる義理はない。しかしつくってやらなければ後が面倒だ。とはいうものの時間もない。
というわけで、思いついた一番手っ取り早い方法がこれだ。その辺で安いチョコと生クリームを大量に買い込んで、香り付けに洋酒を少し混ぜて溶かしただけ。手抜きこの上ないが、文句は言わせない。手抜きではあるものの味は悪くないはずだし、準備する時間もほとんどなかったのにこいつらの我侭につきあってやったんだからむしろほめてほしいくらいだ。それに、マシュマロなんかは買ってきたものだが、クッキーは冷凍しておいた生地を焼いたものだから一応手作りだ。
「Happy Valentine！ちゃんと用意したんだから文句はないだろ？さっさと喰えよ」
結局。
鍋一杯あったはずのチョコレートも大量に用意しておいたフルーツやクッキーも、1時間どころか30分もたつころには跡形もなく消えてしまっていて。
俺は見ているだけでもう胸焼けしそうだったが、やつらは幸せそうなので、休日をつぶされた恨みはさておき、まあよしとしよう。
男だけのむさいバレンタインだが、楽しければそれで十分。
さあ、let's party！
２０１０年 ＶＤ
ＢＡＣＫ