・現代設定
・元親と、政宗と、元就の話
・転生しており、三人とも記憶アリ
・大学院生元親、大学生政宗、大学講師元就







「そうだなあ…あいつと俺の国が近かったのは覚えてるよな?」
「Yes。あんたが四国で、毛利が安芸だろ」
「ああ。瀬戸内海を挟んで向かい合ってたせいで、何かといがみ合ってたんだよ。あいつ、すぐに俺の四国を分捕ろうとしやがるし、人がちょっと留守にすればすぐに攻め込んできて荒らしやがるし。あいつがザビー教にはまった時なんか、マジ最悪だったぜ!」
「Ah、そりゃ確かに大変そうだ。で?」
「おまえ、全然同情してないだろ」
「してるしてる。すげーしてる。だから、続き話せよ」
「ったく…。まあ、そんな感じで俺とあいつは敵対してばかりで手を組んだ記憶なんてない。むしろ、憎んでさえいたこともあった。だが、長い付き合いだったからな、悪い記憶ばかりでもない。あいつのことを一番知ってるのも俺だと自負もしてる。…つまり、複雑な相手なんだよ。俺にとっては」
 大きなため息を吐き出す。相手に好意を抱くには二人の関係はあまりに殺伐としすぎており、だからと言って憎しみだけを向けるには、相手のことを知りすぎている。決して好きにはなれないが、嫌いにもなりきれない相手、というのは存外扱いにくいものだ。
「なるほどな。…で?」
「ああ?」
「毛利があんたにとって複雑な相手だっつーことはわかった。で、そっからどうして今、無視してるかに繋がるんだ?」
「あー…どう接すればいいのかわからん、っつーか」
「Ha!あんたがそんな繊細なタマかよ!」
 馬鹿にしたように一笑に付され、むっとしながら睨みつける。勿論、政宗はその程度でひるむような可愛らしさは持ち合わせていないので意味はないのだが。
「五月蝿え。おまえだって、似たような状況になれば悩むだろうが」
「たとえば?」
「たとえば…真田に出くわしたら、おまえ、どうするんだよ」
 元親にとって前世で最も因縁深い相手が元就であるのなら、政宗にとっては幸村がそれにあたるはずだ。互いに互いを無二の宿敵と定め、嬉々として刃を重ねる関係というのは、元親にはいまいち理解できないが、とりあえず政宗にとって大きな意味を持つ存在であることは違いない。

「決まってるだろ。もう一度rivalになる。っつーか、望む望まざるに関わらず、そうなるだろうよ。俺とあいつはそういう関係だ」
 一瞬も躊躇うことなくそう言い切る政宗に絶句した。それ以外思いつかないというように堂々と言い放つ姿が少しまぶしくもある。
「それでいいのかよ」
「いいとか悪いとかじゃねえよ。そう、なっちまうんだ。俺を最高に昂ぶらせるのはあいつだし、あいつを最高に熱くさせるのも俺だ。これだけは、誰にもゆずってやらねえ」
「なんつーか…おまえが昂ぶるだの熱くさせるだの言うとエロいな」
「五月蝿え。黙れ」
 ギラギラした目と好戦的な笑みは、記憶のどこかに残る前世の「独眼竜」と呼ばれた男そのものの姿だった。自分にとっての相手だけでなく、相手にとっての自分も「唯一」だと言ってのける政宗は、それを寸分も疑っていないのだろう。そう言えるだけの絆に、嫉妬とも羨望とも言えない感情がわずかに胸を過ぎる。元親は、それほど強く信じることのできる絆を誰かと結んできただろうか。元就との間にあるあの何とも言えない関係はあやふやで、曖昧すぎて言葉にできない。
「真田が、おまえのことを覚えてなくてもか?」
「記憶なんて関係ねえ。あいつがあいつなら、…魂があいつなら、それで十分だ。あいつが100歳のじいさんだろうと、ahー…あんまり想像したくねえけど、女になってようと、それが“真田幸村”なら、俺はそいつをrivalと認めるだろうよ」
「そういうもんかねえ」
 ため息とともに羨望を吐き出す。真田幸村という男は随分幸せなやつだと思う。誰かにこんなにも強く思われ、存在を渇望されているのだから。

「あんたは違うのか」
 すっかり政宗の話に引き込まれていた元親は、鋭い眼光に射抜かれて「へ?」と間抜け面をさらした。
「どういう意味だ」
「あんたは、あいつに何を求めてるんだよ」
 一瞬、何の話か思い出せずに息をつめる。どうやら、この短い時間に政宗の気迫にすっかり呑まれていたらしい。流石“奥州筆頭”と言うべきか。今生でも薄れないカリスマは天晴れと言うしかない。動揺を押し隠すようにもう一度ゆっくりと息を吐き出し、言葉を選ぶ。
「俺は…おまえとは逆だな。俺は、築くなら昔とは違う関係をあいつと築きたい。あいつの俺を見る目は、前世そのままだ。今、あいつの視線に応えちまえば、前世の陸続きみてぇないがみ合う関係しか築けない。…気がする」
「でも、今のまま無視し続ければ何の関係もないまま終わっちまう可能性もあるぜ?」
「ま、それはそれで縁がなかったっつーことだろ。前世の知り合いだからって今生でも関わらなきゃならないっつーわけでもねーしな」
「Ha-n、つまり、あんたは自分から関わるつもりはないっつーことか?」
「あいつが自分から、“今”の俺に関わってくるんなら、俺も全力で“今”のあいつに向き合うぜ?」
 口の端をゆるりと持ち上げて「何かを企んでそう」と評される表情を作れば、政宗は嫌そうに顔をしかめた。
「あんたがその顔する時は、ろくでもないこと考えてる時だ」
「そうか?」
「あんた、毛利が自分に関わらずにはいられないって確信してるんだろ」
「何でそう思う」
「そうでなきゃ、あんたは自分からあいつに関わりに行くに決まってる」
「…」
 何も言わずに、ニヤリと笑ってやればこれ見よがしに大きなため息を返される。
「あいつに同情するぜ。まさかおまえなんかの掌で転がされるなんてな」
「性格の悪い知将でも、付き合いが長くなれば扱いを覚えるもんだ」

 顔を見合わせ、同時にプッと笑いだす。今、政宗とのこの関係を元親はとても気に入っている。そしてそれは政宗にしても同じことだ。前世での深い因縁の相手とは違う、だが前世を覚えている仲間として築いた絆は心地よい。遠慮せずに話せる得難い友人だ。こんなにも気が合うのだから、前世でも仲良くしておけばよかったと思うものの、前世での因縁が浅かったからこそ、なんのわだかまりもなく友人として互いを受け入れることができたのだろうとも思う。そんな思いをこめて視線を向ければ、相手も似たようなことを考えていたのだろう、似たような視線を返された。元就とは別の意味で、政宗も特別な存在になりつつある。
「次、授業あるからまたな」
「ああ」
 ちらりと時計に視線を走らせた政宗が荷物をまとめて席を立つ。軽く手をあげて応えると、同じ仕草を返された。政宗を見送るついでに、もう一度、元就が座っていたあたりに視線を向けて口の端を上げる。
 元就は気付いているのだろうか。彼の選ぶ席が、少しずつ元親に近くなっているということに。







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