・現代設定
・元親と、政宗と、元就の話
・転生しており、三人とも記憶アリ
・大学院生元親、大学生政宗、大学講師元就







 同じ空間に長宗我部元親がいる。
 ちらりと視線を向ければ、元親が伊達政宗となにやら談笑しながら食事をしている。既に見慣れた光景だ。見慣れてはいるが、そのたびに苛々する己に気付かないふりをする。

 元就がこの大学に来たのは今年の春だ。そして、そこで因縁の相手を見つけたのは着任して三日後のことだった。構内を歩いているときに、ふと目立つ銀髪の大男が視界に飛び込んできたのだ。まさかと思いながら凝視していると、男の顔がふとこちらを向いた。趣味の悪い眼帯で左目を覆ったその顔は、元就を見て驚いたように目を瞠った。見覚えのある顔に、やはり、と元就も驚きを隠せずに立ち尽くしていると、その男、元親はニヤリと笑った。その反応に、元親も元就と同じく“前世の記憶”というものを持ち合わせていることを確信しながら不快な顔をぎっと睨んでやるも、元親は次の瞬間には何事もなかったかのように隣に並ぶ男と談笑を再開していた。まるで、元就のことなど見なかったかのように。
(無礼者め!)
 文句を言ってやりたかったが、自分から話しかけるのはいかにも相手を意識しているようで腹が立つ。どうしたものか、と思案をめぐらせようとしたとき、元親が楽しそうに話している相手があの独眼竜と呼ばれた男であることに気付いてしまい、再び驚きに立ち尽くす羽目になったのだった。冷静さを身上とする元就にあるまじき失態である。


 あの日から既に半年近く経っているが、元親が元就に話しかけてこようとする様子はない。それどころか、あの日の不快な笑みが嘘だったかのように、徹底的に元就を無視するのだ。法学部の講師である元就と、理工学部の院生である元親はもともと接点がまったくないため、関わる要素はもとより無く、無視というのは正しくはないかもしれない。だが、構内ですれ違っても、食堂に居合わせても、元親が元就に話しかける様子はないし、視線を合わせようとする気配もない。元親に無視されたところで痛くもかゆくもないのだが、腹は立つ。元親ごときに軽んじられているのかと思うと不快で仕方ない。それだけでも不愉快この上ないのだが、更に元就を苛立たせるのは政宗の存在だ。政宗とて経済学部という元親と異なる学部に所属しているというのに、なぜか元親の傍にやたら居るのだ。しかも、聞いたところによると(有名な二人組みであるため、噂はいくらでも聞こえてくるのだ)二人が友人になったきっかけは、元親のナンパであるとか。
(我には話しかけぬというのに、伊達には会ったその日にナンパとは、一体どういうことだあの愚か者め)
 繰り返すが、元就は元親に無視されたところで痛くもかゆくもない。だが、それでも、不快感を覚えるのだ。そして、更にそんな自分に苛立つという悪循環が慢性的に渦巻いており、近頃では昔から変わらず信仰している日輪を拝んでもスッキリしなくなっている。

 今だって、元就の視線の先には、食事を終えたというのに席を立つこともなく談笑する元親と政宗の姿がある。元就は元親のことなど好きではないし、粗暴で愚かな輩だと認識している。気が合わないことも、関わってもろくなことがないことも、400年も前から知っている。だから、無視してしまえばいいのだと自分でも思うのだが、元親が勝手に元就の視界に入ってしまうのだから仕方ない。
(相変わらず、無駄に自己主張の激しいやつよ。存在自体が五月蝿くて不快でならぬ)
 流石に会話の内容までは聞き取れないが、政宗が何か言ったのだろう、元親が笑いながら政宗の頭を撫でるのが見える。嫌そうに元親の手を振り払った政宗はそっぽを向くが、堪えた様子もなく元親は政宗の頬をつついて遊んでいる。
(ええい、いちゃいちゃしおってからに!場を弁えよ。ここは公共の場ぞ!)

 その日、元就はいつもより疲れていて機嫌も悪かったのだ。今月末にある学会のために資料作成やら文献整理やらがたてこんで睡眠時間は常よりも大幅に削られていた。そして、ここのところ天気が悪い日が続き、既に6日ほど、日輪をろくに拝めない日が続いていた。そのため常よりも判断力が鈍っていたのだ。だから、仕方ないのだ。とは言え、元就はその行動を後に心から悔いることになるのだが。

 とにかく、元就は立ち上がった。ガタン、と音を立てて立ち上がった元就に周囲の注目が集まる。元就のことを知らない学生は、元就を整った顔の男だと認識し、元就を知っている学生は“鬼”と呼ばれるほどに厳しい講師の姿に顔をひきつらせた。
 衆目を集めながら、元就は能面のような無表情に苛立ちを滲ませながらつかつかと歩みを進めた。そして。

「この、愚か者がっ!!!」

 怒声と共に元親に水をぶっかけたこの事件は、後に「毛利様の御乱心」と呼ばれることになる。






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