・現代設定
・元親と、政宗と、元就の話
・転生しており、三人とも記憶アリ
・大学院生元親、大学生政宗、大学講師元就
何が起こったのか、すぐにはわからなかった。
「この、愚か者がっ!!!」
怒声と共に振ってきた、何か、冷たいもの。昼飯時の喧騒はどこへ行ってしまったのか、シンと静まり返る食堂。
我に帰ったのは、「うひゃひゃ」と馬鹿みたいな政宗の笑い声が聞こえたためだ。そして、いつの間にか取り出した携帯でにやにや笑ったままの政宗にピロリンと写真を取られた時になってようやく、自分が元就に怒鳴られ水をぶっ掛けられたのだと気付いたのだった。
「フン」
状況に混乱する元親に満足そうに鼻を鳴らした元就が背を向け颯爽と去っていく。一日で一番食堂が込み合っている時間帯だというのに、サッと人が割れて道ができていく。
「モーゼみたいだな」
元就が食堂から出たころに、政宗がボソッとつぶやく。それを皮切りに、シーンと静まりかえっていた食堂に一気に音が戻ってくる。
「アニキーーーーっっっ!!!」
「大丈夫っスか!?」
「あれ、誰ですか?アニキになんてことを!」
「元親くん、大丈夫?よかったら、このタオル使って」
「ああ、アニキのカレーが水びたしに…!」
「伊達くんは大丈夫だった?濡れてない?」
「元親、おまえ毛利先生に何かしたのかよ?」
「筆頭、御無事ですか!?」
途端に、人がわらわらと元親と政宗を取り囲む。面倒見と気風のよさで誰からも慕われるアニキと、抜群のカリスマで人を引き寄せる筆頭。加えて、二人とも抜群に容姿もいいとなれば、男からも女からも人気があるのは当然だろう。それに引き換え、元就はこの四月に大学に来たばかりであり、知名度は二人ほどではない。法学部の間では“鬼の毛利”とこっそり呼ばれるほど厳しい講師として、女子の間では女より綺麗な顔をしているということで、それぞれ有名ではあるが、元親や政宗を慕う男たちの大多数にとっては馴染みのない人物である。そのため、敵意丸出しで元就の去って行った方を睨んでいるものたちも何人か見られた。
「ったく、こないだのこと、毛利センセまだ怒ってるみたいだな」
不意に、低く艶のある声が響いた。大して大きな声ではないのに耳によく届く張りのある声だ。その声に、衆目の視線が政宗に向く。笑いを収めた政宗が、しかめ面を作っている。それが演技だということに元親以外は気付けないだろう。それほど、自然な表情と声音だ。
「ま、あれはどっからどう見ても元親が悪いから仕方ないけどな」
借りたタオルで髪をふきながら、よく機転が利くものだと感心した。政宗は頭の回転が速いから、こういう時に助かる。流石、仙台62万石の基礎を築いた男だ。政宗の目配せを受けて、元親も大きなため息と共に肩を落とす。
「わーるかった、って。反省してるっての」
「謝るんなら、俺じゃなくて毛利センセのところだろ?」
「へいへい。じゃ、次空きだし早速行くかぁ。こないだの侘びと、カレーが食えなくなった文句言わなきゃな」
「おう、さっさと行ってこってり絞られて来い」
「うるせーよ。じゃ、またな」
「おー」
誰かから差し出されたタオルをありがたく使って、髪や服を軽くぬぐってから、水びたしになったカレー(と言っても、残りはほんの少しだけだ)のトレーを手に立ち上がれば、周りの面々も「何やったんスか」「毛利は怒らしちゃいけませんよ」「よくわかんないスけど、早く謝ったほうがいいですよ」などと軽口をたたきながら、元親を送り出す。
濡れた服は不快だったが、元親は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。元就の行動は予想外だったが、意外ではない。頭がいいくせに、カッとなると唐突な行動に出るところは前世から変わっていないらしい。この平成の世で元就とどんな関係を築きたいなどと明確なビジョンがあるわけではないが、とりあえず、以前とは違う関係になれたらいいと思う。いがみあったり傷つけあったりするのではなく、できるのなら笑いあったり他愛のない話をしたりしたいのだ。いや、仲良く笑い合う自分たちなど想像もつかないから、やはり喧嘩友達だろうか。
(先に関わってきたのはお前だからな)
そういえば、元親は、いつも冷静な元就が冷静さをなくす瞬間が好きだったことを思い出した。そのときだけは、あの作り物のような美貌に色が宿って、ぐっと人間らしさが増すためだ。
(あいつが冷静さを失うって言ったら、日輪かザビー関係ぐらいだったけどな)
とりとめのないことを考えながら元就の研究室に向かう元親の足取りは軽かった。
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