「のう、パウリー」
いつものように昼の休憩時間、三人で飯を食っていた。
「ん?ほーひは?」
飯を口いっぱいにほおばってパウリーが顔を上げる。
『口にものがなくなってからしゃべれ、このバカ』
「うるせえ!ルッチ!!」
いつものように他愛ない言い争い。
この場合は間違いなくルッチのほうが正論なのだが。
それを見てため息を吐いてから、カクは口を開いた。
「もし、わしらがいなくなったら…おまえさんは、どうする?」
「え…」
一瞬だけ、ルッチがカクをとがめるように見た。
「おまえらって…」
「わしとルッチ…あとアイスバーグさんじゃな」
少し考えてから自分も含めた3人の名前を挙げ、うどんをすすった。
「なんだよ、おまえら…いなくなる予定でもあんのか?」
冗談として笑い飛ばそうとするが、もしかして…という不安がパウリーを捨てられた子犬のように見せていた。
「ああ」
カクは、ことさらゆっくりとうなずいた。
かちゃ、と静かな音を立てて箸を置く。
まっすぐにパウリーを見た。
「わしらは、もうすぐこの街を立ち去らねばならんのじゃよ、パウリー」
その瞬間、パウリーの顔が泣き出しそうに歪んだ。
「なんで…」
問う声すらもかすれて、いつものパウリーらしい元気がなかった。
パウリーの隣に座っているルッチも、何も言わない。
その沈黙が、言葉により重たい真実味を持たせている。
「それは、言えん」
重々しくカクが首を横に振る。
「…」
「…」
『…』
居心地の悪い沈黙が三人の間に流れた。
ルッチはちらりと時計に目をやる。
休憩時間はあと10分で終わる。
そんなことを思いながらため息を吐いた。
『カク』
ハットリを使って呼びかけると、その場の緊張が一瞬揺らいだ。
「カク…ルッチ…」
はっとしたように身じろいだパウリーは、すがるように二人を交互に見た。
ああ、やっぱり捨てられた子犬だ。
そう考えて、ルッチは口の端をばれないように微かに緩めた。
「嘘じゃよ」
その様子を見て、カクは軽く笑った。
「は?」
「嘘じゃよ。今言ったことは」
少し肩をすくめてネタばらしをする。
「知らんかったか?今日が何の日か」
「今日…?今日って何日だ」
『4月1日だ。クルッポー』
考えること数十秒。
「あーーーっっっ!!!」
パウリー叫び声が響いた。
『ようやく気がついたか、バカ』
ルッチの言葉もパウリーには聞こえていない。
「エープリル・フール!」
パウリーの叫びに、カクはにっこり笑ってうなずいてやる。
「正解じゃ」
「くあーっ!やられた!!」
がしがしと金髪をかきむしって心底悔しそうにパウリーがうめく。
その様子をカクとルッチは面白そうに眺めていたが、ルッチはもう一度時計を見て声をかけた。
『そろそろ休憩も終わるぞ』
「おお、そうじゃな」
うなずいて立ち上がろうとするが、服の裾をひっぱられてそれはかなわなかった。
見ると、服の裾をつまんで引き止めたパウリーがやっぱり捨てられた子犬のような目でカクを見ていた。
「ん?どうした、パウリー」
「本当にさ…」
「ん?」
「さっきの、嘘なんだよな?…おまえら、本当に…どこにも行かないんだよな?」
不安そうに見上げるパウリー。
カクはその目をまっすぐに見てしまって、少しだけ後悔した。
ルッチはさりげなく帽子を目深にかぶりなおす。
「…ああ、嘘じゃよ」
にっこりと笑って、カクはうなずいた。
「本当に、どこにも行かんよ」
ルッチが横から手を伸ばしてがしがしとパウリーの髪をかき回す。
大きくてごつごつした船大工の手。
パウリーの大好きな、手。
「そっか…」
ようやく安心したのか、パウリーはようやくカクの服から手をはずすと、時計を見てあわてて立ち上がった。
「やべ!もう行かなくちゃ!じゃあな!」
がたん、と席を立ってダダダッと一目散に駆けていく。
「…うるさい男じゃのう」
『…ああ』
その背中を何とはなしにルッチとカクは並んで見送っていた。
が、すぐにパウリーは立ち止まり、振り返った。
「カク!」
「?なんじゃ」
返事をすると、パウリーは少し笑って言った。
「もし!」
「…」
『…』
「もし、おまえらがいなくなったら!オレは、絶対に追いかけて、追いかけて、会いに行くからな!!」
それだけを言うと、パウリーは今度こそ振り返らずに走って行ってしまった。
「…」
『…』
沈黙が残された二人の間におちる。
二人とも、視線を合わせなかった。
カクは帽子を目深にかぶりうつむき、ルッチはまぶしそうにパウリーの走り去った方向をにらんだ。
嘘じゃよ
その言葉こそが、嘘。
そう遠くない未来にカクもルッチもアイスバーグもこの街から…パウリーの前から、永遠にいなくなる。
カクとルッチは裏切りによって。
アイスバーグは…死によって。
どこにも行かんよ
本当に、この街に…パウリーのそばにずっと、いられればいいのに。
少しだけ、本当に少しだけ、そう思ってしまう自分がいる。
あの輝きは危険すぎる。
真正面から見たパウリーの目を思い出して、カクはうつむいて苦笑する。
らしくもなくあの光に魅せられてしまった。
この街は、意外なほどに居心地がいい。
何も知らずに自分に笑顔を向けてくる人たちを時々心の中で哂っているのに。
それなのに、それを嬉しく思う自分がどこかにいる。
この街は、危険だ。
自分が自分でいられなくなる。
くしゃくしゃとパウリーの髪をなでた自分の手を見て、ルッチは唇をかみ締める。
この手は血にぬれた緋い手。
あの金色に触れることなんてできるはずもない汚れた手。
船大工であることを放棄した瞬間にはあの金色の隣にいることすら許されない自分。
それなのに、あの存在を望む自分がいる。
この想いは、危険だ。
あいつと自分を傷つけてしまうことがわかっているのに止まらない。
二人はそれぞれ何かをこらえるようにきつく目をつぶり、それからゆっくりと開いた。
そこにはすっかりいつもどおりの二人の姿があった。
…表面上は。
カクもルッチも互いを見ないまま、急いでそれぞれの職場へと駆けていった。
手を伸ばせば触れることができるくらいに近くにいるのに。
あいつは、両手をオレたちに伸ばしてくれているのに。
それでも、その手をとることはかなわない。
できるのは、その手に気づかない振りをしてパウリーを傷つける己から守ることだけだ。
そばにいたいと願ってしまう。
この願いこそが嘘であればいいのに。
人々に嘘をつき、それ以上に自分自身に嘘をついて生きていく
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