・悪魔元親×天使政宗
・元親は悪魔の王
・政宗は高位の御使い
・『影の館』(吉原理恵子氏)をイメージして書いてます
神様、どうか、神様。
助けてください。
終わらせてください。
この恋を、どうか、どうか。
薄暗い牢獄。浅い眠りから覚める。シャラリ。身じろいだ拍子に首と両手首につながれた鎖が細い音を立てる。
カツン、カツン、カツン。
硬い足音が静寂を破る。顔を上げずともわかっていた。ここを訪れるのは一人しかいない。抑えようともしない覇気が空気を伝って圧倒的な存在感をもたらす。
「政宗」
足音は俺の前で止まった。
政宗、と名を呼ばれた囚われ人は緩慢な動きで顔を上げた。
「…元親」
かすれた声がつぶやくように名を呼ぶ。その声を拾った男は嬉しそうに破顔した。
「俺を、解放しろ」
叫び続けたために声はかすれ、かつて天上の誰よりも美しい声で神を讃え歌っていた天使長の面影はない。
その声に痛ましそうに眉をひそめた元親はけれど懇願に首を横に振った。
「それはできない」
「…」
「おまえはもう、俺のものだ。そして俺はおまえを手放すつもりはない」
政宗の傷ついた隻眼に、絶望と怒りが過ぎったが、しかしそれもすぐに哀しみに覆われた。
(エリ エリ レマ サバクタニ)
神よ
神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか。
ここに捕らえられて以来、幾度も心のうちで叫んだ言葉。応えがあったことなど一度もないのだけれど。
「政宗」
元親が唇を寄せる。政宗はそれを受け入れることも拒むこともせず、ただされるがままにしていた。
舌を噛み切ってやりたい思いもあったが、政宗に他人を傷つけることはできない。そういった能力がないというわけではないが、理屈ではなく、政宗には人を傷つけるという行為ができなかった。また、憎しみの心も持たない政宗はどうしても、元親を憎むことができなかった。創造主たる神が自らの最高傑作たる政宗を溺愛するあまりに憎しみの心も暴力への衝動も与えなかったのだ。それは政宗への愛であり、ただ美しいものだけを、美しい感情だけを持っていて欲しいと願ったからであるが、現実としてそれは政宗を苦しめることしかできなかった。
「ん…ぅ…ふ、ぁ…」
触れ合った箇所から、重ねた唇から、交じり合った唾液から、侵食されていく。
陽光を浴び、神の恵みをとりこむことで生体を維持する天使である政宗は魔界のこの暗く寒い地下牢では生命を維持できない。政宗が未だ生命を保っているのは口付けや行為の際に与えられる元親のエナジーがあるからだ。
当初、政宗は固く口を閉ざしてそれを拒もうとした。しかし、元親は言うのだ。
『いいのか?自ら命を絶つことは原罪にも勝る大罪…そう説き続けてきた天使様が神の教えに背いて自ら生きる術を捨てるのか?』
そう言った元親の口元に浮かんでいたのは正しく悪魔の微笑であった。
日に日に自分が変容していくのがわかる。
かつて誰よりも輝く純白の羽と金糸の髪、そして蒼穹の瞳を誇った政宗の翼も髪も瞳もすでに黒く、魔界の色に染められている。政宗が、心がどれほど拒もうとも元親のエナジーを摂取し続け、魔界の空気にさらされ続けたのだからこの変化も当然の帰結、である。
政宗の身体にはあふれる陽光や神の慈悲によって与えられた活力などもはやどこにもなく、この残酷な悪魔に与えられたエナジーだけに満たされているのだ。
(もう、戻れない…)
髪も瞳も色を変え、捉えられた際に抵抗を封じるため容赦なく折られた背の翼の傷が癒えるほどの時間が流れたが神が政宗へと救いの手を差し伸べる気配はない。
闇の色に染まった今の政宗を天界の輝く陽光は拒むだろう。神は政宗を捨てたのだ。
(神のいと高き心に間違いはなく…)
かつて心から唱えた神への賛辞も今はただ空言にしか聞こえない。
元親が政宗の黒く染まった髪に口付けを落とす。
「あきらめろ。おまえは俺のものになる以外の選択肢はない。あきらめ受け入れ、ここで俺と生きろ。俺はおまえを捨てたりしない。おまえだけを愛してやる」
耳元で甘くささやかれる悪魔の誘惑。
この世のすべてと信じてやまなかった神に見捨てられた事実を受け入れざるをえない政宗には、この誘惑に抗うだけの力は残っていなかった。
「ほんとうに…?」
不安と期待にゆれる瞳が元親を一心に見つめる。
「ほんとうだ。政宗、…愛してる」
蕩けそうな笑みを浮かべ政宗に口付ける。万人を魅了する悪魔の微笑。
天使であるために性的なことにはまるで無垢だった政宗は元親が教え込んだ方法で懸命に口付けにこたえようとする。その物慣れないさますらいとおしくて元親はますます口付けを深くする。
「ふぅ、ん…あ、ぁん、っ」
政宗を片腕で抱きしめ口付けを与えながら、もう片方の手で器用に政宗を戒める鎖をはずす。すると自由になった腕は抗うことなど少しも思いつかないようにためらいなく元親の背に回った。
(…ようやく、手に入れた)
かつて神の闘士とたたえられたほどの高位の御使いであった元親が堕天してまで手に入れたかった天界の至宝。気の遠くなるほどの時間をかけ、ようやく手に入れた。
「政宗…」
地下牢に囚われ続け、精神的にも肉体的にも疲労の限界が来ていたのだろう。神への不信に揺らいでいたところに付け込んだ元親の言葉に心を許してしまった政宗は元親の腕の中、無防備に寝顔をさらしている。
(…俺のものだ。誰にも渡さない)
白く形のいい額にそっと口付けを落とし、強く政宗を抱きしめた元親は虚空をにらみつける。あたかもそこに何かがいるかのように。が、すぐに政宗に視線を戻し目元を緩めると細い肢体を横抱きに、政宗を自らの寝室に連れて行くために歩みだした。
政宗を手に入れるために、魔界の圧倒的な軍力を背景に神と取引をしたのだと。
神は天界の安寧と引き換えに政宗を犠牲にしたのだと知ったのなら、政宗はどうするのだろうか。
もっとも、この事実を知るのは神と元親のみであり、政宗が神の声を聞くことは二度となく、元親も政宗へ真実を告げる気などさらさらないのだけれど。
エリ・エリ・レマ・サバクタニ
神よ 神よ なぜ私を見捨てたのですか
神は私を厭うたのですか。
私が神に捧げる愛に偽りのないことをあなたは知らないのですか。
…それとも、私があの銀髪の悪魔に恋をしていたことを知っていたのですか。
神よ 神よ 神よ…
エリ・エリ・レマ・サバクタニ
恋をした天使は悪魔となり、悪魔となった天使は恋した天使を堕天させる
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