・元親×♀政宗
・転生(前世の政宗は男)
・学生
「a=bだとする」
俺の精一杯の告白に対する、返答がそれだった。わけがわからない。
「は?いや、だから俺はおまえが…」
「人の話は最後まで聞け。そう習わなかったか?」
かく言う彼こそ俺の話しを聞いていたのかと疑いたくなる。
「その両辺にaをかけろ」
俺のじと目に気づいているだろうに涼しい顔をして政宗は話を進める。
「どうした、hurry up!」
「……………a2=ab」
どうやら抵抗は無駄なようだ。俺は政宗のこの何の脈絡もない話を聞き終えない限り返事はもらえないらしい。どこまでも強引で我が道を行くやつだ。だが、その裏にある弱さや脆さのアンバランスを知ってしまったから目が離せなくなって、ずっとそばにいたくなって、守ってやりたくて。気がついたら心底惚れ抜いていたわけだ。何せ、前世からの長い片思いだ。惚れ方も半端じゃない。
「元親、人の話は聞けって言っただろ」
「わりぃ、で、次は?」
「両辺にa2−2abを足せ」
開き直ってみれば唐突でわけがわからないなりに興味深くはある。文型科目は壊滅的な俺であるが理系科目は得意だ。
「2a2−2ab=a2−ab」
「式を整理しろ」
「2a(a−b)=a(a−b)」
「その両辺をa(a−b)で割ってみろ」
首をかしげた。ありえない答えが出たのだ。
「どうした、答えは」
「2=1…?どっかで計算間違えたか、俺」
頭の中でやったのがいけなかったのかもしれない。
「間違ってるのは計算じゃない」
「は?」
「始まりを思い出してみろ。a=bだろ。ということは…」
「a−b=0か!」
「そうだ。0が出てきた時点でこの計算は成り立たない。0で割ったら2=1というようなありえない結果がでるようになるんだ。前提が間違ってる」
「なるほどなあ。…で、この話と俺がおまえにした話との関連性は?」
「割り算において、0で割ることは許されない。そうすれば世界がおかしくなる」
「だから…」
「だが、この計算が成り立たないのはa=bだからだ。たとえば、これがa≒bならこの計算もあながち間違いではない。小さな数字なら1と2の違いは大きいが、単位が億や兆にでもなれば、1か2かなんていう違いは小さなものだからニアリーイコールで間違っていない」
政宗が何を言いたいのかまったくわからない。このことばに何か意味があるのだろうか。そもそも俺の言葉に返事をするつもりがあるのだろうか。
「そこで問題だ」
またかよ、思ったが口にしない。そんなことを言えば政宗は思い切り不機嫌そうに俺をにらむだろう。この状況で政宗の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「aを今の俺、bを前世の俺と置き換える」
顔が強張るのがわかった。生まれ変わって再会して、クラスメートとして接する中で、過去を思わせるようなそぶりなど一度も見せなかったため、てっきり政宗は前世の記憶など持っていないものだと思っていた。
「おまえ、記憶が…っ」
「覚えているのが自分だけだと思うな。そこで、だ。さっきも言ったようにこのままでは式は成り立たない。だが、この前提…つまりa=bはそもそも成り立っていない。なぜなら今の俺は生物学的に女だが前世の俺は男だった」
「生物学的にっつーか…立派に女だろ」
短い制服のスカート、長いまつげ、記憶にあるよりも全体的に柔らかな雰囲気、そして細いくせにでかい胸。今のコイツを見て男だと思うやつはまずいないだろう。いたとしたらそいつには眼科、…いや、精神科にいくようお勧めする。
「この時点でa=bは成り立たない。だが、どちらも俺であることに変わりはない。だからa≒bになる。そうすれば、ありえなかったはずの答えも存在するようになる」
「…つまり?」
「前世で自分が男だったときにはこれっぽっちもそんな気持ちを抱かなかったが、生まれ変わって女になった今なら、あんたは十分恋愛対象に入るってことだ」
まさかそんなところに繋がるとは思わなかった。ぽかんとしている俺を見て政宗は悪戯が成功したかのようにくすりと笑った。
「もっとはっきり言って欲しいか?」
「ああ。…俺は馬鹿だからな。はっきり言ってくれねぇとわかんねぇよ」
言いながら手を伸ばす。政宗は逃げない。満足そうに俺の腕の中に納まると猫のような仕草で俺に擦り寄った。
「I do…英語が苦手なおまえのためにもっとわかりやすく言ってやろうか?Yes, I love you too!」
「政宗っ!」
「んっ、…ふ、く…ぁ」
堪えきれず口付ける。政宗は逃げないし抵抗しない。驚いたようにぴくりとはねた細い肢体はけれどすぐに俺の腕に身をゆだねるように力を抜いた。
学校の屋上で、初めてのキス。
高校生らしくてなかなか悪くない始まりではないだろうか。
たとえ前世の記憶があろうとも恋をするのは現代の高校生の今の俺たちなのだから。
恋愛方程式
ありえないことが起こる世界。
<参考文献>
『陽気なギャングが地球を回す』伊坂幸太郎
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