「さあ、食え!」
満面の笑みと共に俺の前におかれたのはチョコレートケーキ。
「冷める前に、さっさと食え!」
俺の前で仁王立ちし、嬉々として薦めてくるのは俺の妹。のようなもの。
俺の母親と政宗の父親が再婚してはや7年。俺が15歳、政宗が10歳のときの話だ。
政宗は出会った当初から俺になつきまくり、「お兄ちゃん」と呼んで俺の後ろをついてきていた。はっきり言ってもう滅茶苦茶にかわいかった。そんな政宗に癒されまくった俺はそこで反抗期を終わらせ、勉強もそれなりに真面目にやって、今は大学4回生。来年には院に進む予定だ。はまったら脇目もふらない性格のおかげで専門馬鹿のきらいはあるものの、自分でいうのもなんだが優秀な学生だ。
大学は家から片道1時間半かかる場所にあり、せこせことバイクで通っていたのだが、3回生になると同時に一人暮らしをはじめた。理由は二つある。一つは通学時間がもったいない、ということ。そしてもう一つは(こちらのほうがより重要な理由だ)、政宗と二人きりになるため。というのも、政宗が中三のころにまあ、俺たちはそういう関係になって(といっても、流石に中学相手に手は出せなかった)、しかし実家にいたのでは恋人らしいことなど何もできなくて。というか、互いの部屋に行き来することすら滅多にできないのだ。で、そんな状況に我慢できるわけもなく、一人暮らしすることになったのだ。
なぜ二人きりになることができなかったのか。というのは、最初に政宗を妹“のようなもの”といったことに繋がる。互いの親が再婚したのだから政宗は“ようなもの”ではなく、はっきりと“妹”なのではないか、と思うかもしれないが、厳密にいえばそうではない。
というのも、俺は両親が離婚した際に母親ではなく父親のほうについていったからだ。というわけで、俺と政宗は苗字も違えば戸籍上でも他人ということだ。
では、父親についていった俺がどうして母親の再婚相手の連れ子である政宗と親しいわけなのか、というとなぜだかうちの両親は離婚後も仲がよく、住んでいる場所も近いからだ。
離婚したのも円満な話し合いの結果で、結婚していた当時から友情のような愛情を築いていた彼らは、離婚したことでさらに友情を深めるに至ったらしい。我が親ながらよくわからん話だ。
まあ、そんなわけで母の再婚の際にも彼女は誰よりも先に元夫に再婚の報告をし、父は元妻の再婚を誰よりも喜んだ(ちなみにその数年後に父が再婚した際は母が誰よりも喜んだ)。と言うわけで未だに家族ぐるみのつきあいがあって俺と政宗も兄妹のように育ってきたわけだ。しかしこの年になると、男の部屋に女が、女の部屋に男がいき二人きりになる、というのは親の目から見てあまりよろしくないだろうし、俺たちの関係を打ち明けても反対されない自信はあるが、やりにくいことこの上ない、ということで関係を秘密にした上で、こうして俺が一人暮らしを始めたマンションで逢引をしている。
で、説明が長くなったが話は冒頭に戻る。
日曜日だというのに教授に呼び出された研究室から帰ってきた俺の部屋には政宗がいて(合鍵を渡してある)、俺が贈った水色のかわいらしいエプロンをつけて新妻よろしくおかえりなさい、と出迎えてくれて、で、テーブルの前に俺を座らせて、ドン、とチョコケーキを差し出したわけだ。
「どうしたんだよ、いきなり」
「今日はValentineだろ!」
嬉しそうに笑いながら俺の前に座り、さあ食え、今すぐ食え、と視線で促してくる。
「ああ」
そういえば金曜にいくつかチョコをもらったな、と思い出しながらうなずけば、俺の反応に焦れたのだろう(短気なヤツだ)、政宗が自らフォークを手にし、ケーキを切り分けて俺に差し出した。
「ほら」
俗に言う「あーん」という状態だ。さっきまでのご機嫌な笑顔はどこへやら、俺をにらみつけるようにしてチョコケーキを突きつけてくる。
「ん。…うまいな」
そんな政宗はかわいかったがあまりにやにやしていると蹴られるので、おとなしくケーキを食べる。ほのかに暖かいチョコケーキはほどよい甘みと洋酒の風味が絶妙だ。
「It’s natural!何せ俺が作ったんだからな。ほら、後は自分で食えよ」
強気な言葉を吐きながらも俺の言葉に嬉しそうに頬をほころばせるのだから、なんともかわいらしいことだ。全部政宗に食べさせてもらいたかったのだが、政宗はすでにフォークを置いて皿ごと俺のほうに押しやっている。フォークを取りやすいように、皿の向きもちゃんと直してくれているあたり気が利いている。
「…お?」
さく、とフォークをつきたててケーキを崩せば、中からとろりとチョコレートがあふれてくる。
「ただのチョコケーキじゃないのか?」
「それは去年作ったからな。今年はちょっと変えて、フォンダンショコラにしてみた」
「フォンダンショコラ?」
「中にとろっとしたチョコレートがはいってるだろ。そういうチョコケーキ」
焼き加減が難しいんだぜ。言いながら、俺の皿を見て出来具合に満足そうにうなずく。
「チョコがうまく溶けでてくるように温めて出すんだ」
「へえ、すげぇな。初めて食ったけど…むちゃくちゃうまい」
手放しでほめて夢中で食べると、はにかんだように笑う。その笑顔は幼い頃から変わらずかわいくて、見るたびにいとおしさでいっぱいになる。
「これ、おまえにちょっと似てるな」
「へ?」
「外はサクッとして、中はトロッとしてるとこ、おまえの短気で乱暴で意地っ張りだけど、本当はすごくかわいいくて傷つきやすいとこと似てる」
そう言ってテーブル越しにちゅ、とキスをすると、未だになれない初々しい政宗は顔を真っ赤にしてがたん、と立ち上がり、きょろきょろと視線を彷徨わせる。
「!!…ぁ、そ、そうだ、それ、まだあるから、あっためてきてやるよ」
言いながら俺に背を向けぱたぱたと逃げるようにキッチンに向かう後姿。黒いミニスカートと黒いニーソックスの間の白い脚がまぶしい。というか、そそる。
(もう一個食べたら、次は政宗を食うか)
性格だけではなく、プライドが高くむしろストイックさすら漂わせる政宗がベッドでかわいがってやるとどこまでも甘くとろけるところも、このチョコケーキ、フォンダンショコラに似ていると思ったのは言わないでおこう。
あまくとろけるあいをきみに。
2010年 VD
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