ふと、唐突に。本当に、唐突に、幸せだと思った。それがあまりにも唐突で、自然だったものだから。

「すげえ幸せ」

 勝手に、唇から零れ落ちた。



ひだまり



 二人そろっての休日。マンションで一人暮らしをしている元親の部屋は7階にあって、日当たりのよさが自慢だ。二人で選んだソファでゆったりとくつろいで、元親はバイクの雑誌を、俺は海外から取り寄せた小説を読んでいた。照明をつけずとも十分に明るい部屋で、時折風がカーテンを揺らしている。ローテーブルに置かれたおそろいのマグカップに注がれたミルクたっぷりのカフェオレに手を伸ばしたついでにふと顔を上げれば、穏やかな顔で雑誌をめくる元親の姿。

 俺と元親は大学のころからの知り合いで、付き合ってもうすぐ5年になる。お互いに社会人になってからは勤め先も違うし、すれ違いもたくさんあった。誤解も、喧嘩も、仲違いも。別れたほうがいいんじゃないかと悩んだことだって、たくさんある。それでも、今、こうしてこうやって傍にいて、何をするでもなく一緒にすごすだけで、こんなにも。

「すげえ幸せ」
「え?」
 唐突にこぼれた言葉に、驚いて顔を上げる元親とばっちり目があった。なぜそんなに驚いた顔をして俺を見るのだろう、と一瞬考えて、けれどすぐに答えはでた。
「…俺、声に出してた?」
「ばっちり」
「うぁ、恥ずかし…」
 じっとこちらを見る元親に恥ずかしくなって顔を逸らす。元親が雑誌を放り出して、俺の隣に座る。
「政宗」
 横目でちらりと元親の表情を窺って、少し後悔した。
(なんつー顔を…)
 あまりにも優しい顔をしている者だから、どうしようもなく恥ずかしくなった。全身で俺を愛していると言っているような気がして、恥ずかしくてたまらないのに俺は更なる幸せに満たされてしまって、伸ばされる腕に身体をゆだねることしかできない。夜のような荒々しさも激しさもない、優しい、けれど力強い抱擁。腕の温かさ、力強さ、伝わる温もり、鼓動。すべてが、俺に幸せを伝えているような気がして、泣きたくなるほどの幸せに俺も元親の背に腕を回した。

 性別のこととか、家のこととか、たくさん悩んで、苦しんだ。どうしようもなく辛くて、怖くなって、別れよう、別れてくれ、頼む。泣きながら懇願したこともあった。けれど、いつだって、力強い腕は俺を離さなかった。優しい温もりが俺を守ってくれた。
『お前は俺以外で幸せになれるのか?俺は無理だ。お前じゃなきゃ、幸せになれない』
 この関係は正しくなんてないのかもしれない。誰にも祝福なんてしてもらえなかもしれない。でも、あの時、俺は元親の腕の中で、ずっと傍にいたいと、ひたすらにそればかりを考えていた。

「あんたの傍にいられることも、あんたが俺の傍で幸せだと思ってくれることも、嬉しくて、幸せでしかたねえよ」
「何、今更なこと言ってやがる。あん時に言っただろ?俺はおまえでしか幸せになれねえんだって」
「わかってる。…でも、今、なんか、すげえ…幸せが、溢れてる気がする」

 どうして、突然にこんな気持ちになったのかわからない。でも、ただ、幸せで。泣きたくなるほどに、幸せでたまらなかった。

「んな、泣きそうな顔すんなよ。どうせ泣くなら、夜、ベッドで…な」
「馬鹿」
「何言ってやがる。いつも泣いて悦んでるくせして」
「五月蝿い」
「今も、すげえ…どきどきしてるのが伝わってくる。たまんねえな」

 言葉とは裏腹に、元親の手は背に回した手でひたすら優しく俺を撫ぜる。それから額、目蓋、目じり、鼻先、頬、唇、顎、ゆっくりと柔らかな口付けを落とすばかりだ。最後に行き着いた首筋だけ、きつめに吸って痕を残す。

「んっ…」
「愛してる…」
「…俺も」
「なあ」
「ん?」
 俺の髪をそっと梳く元親が、次に何を言うのかわかっていた気がした。胸に顔を預けるように抱きつけば、早い鼓動が心地よかった。
「一緒に暮らすか」
 少し伸び上がって、唇の端にそっと口付けた。元親も、俺の返事をわかっているのだろう。俺の大好きな、嬉しくてしょうがないという顔で笑っていた。
「…うん」

 泣いて笑って、一緒に、生きていこう。






どんな不安や困難があっても、二人でいられること以上の幸せなんてないから。




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