・現代
・元親(大学院生)×政宗(大学生) 元親の方が四歳年上





 恋人ができた。
 相手は自分より四つ年下の生意気な悪友。別に、惚れた腫れたの結果つきあうことになったとか、そういうロマンティックな経緯があるわけではない。
「っつーか、マジで?」
 惚れているわけではないのはお互い様。でも、だからといって打算の関係ではないこともお互いに知っている。
 今から始めて行けばいいのだ。不器用同士、ゆっくり、二人で。



 親しい友人との飲み会で、酔っ払った若者たちの話題に、恋愛というものはたいていの場合、一度は登場する。そして、今回はその矛先がもてるくせに浮いた話のない元親と政宗に向かっただけの話だ。

「っていうか、二人とも、全然浮いた話ないけどさー、どんな子が好みなの?」
 何本目かしらない缶酎ハイを煽りながら佐助が話を振ってくる。めんどくせえ、と思いつつも別に不都合な話ではないので乗ってやることにする。文句を言わないところを見ると、政宗も佐助の相手をしてやることにしたのだろう。
「どんな、ってなぁ…」
 缶ビールをぐびりと煽りながらちらりと、隣に座っていた政宗と視線を交わす。おまえが先に言えよ。やだ、おまえから行け。仕方ねえなあ。無言のまま交わされる視線の会話の結果、元親が口を開く。
「料理上手で、一緒にいて苦にならないやつ」
「え、それだけ?ってか、それじゃあ友達じゃん」
 不満そうな佐助にふん、と鼻を鳴らす。別にいいじゃねえか。大事なことだ。一人暮らしをしてもう七年目だが元親の料理の腕はいっこうに上達しない。それは、ひとえに、自分の料理なんて食えればそれで十分、美味い物が食いたければ外食すればいい。などというものぐさな考え故だ。ついでにいえば、元親は自分のやりたいことに時間を使いたい性質だ。やりたいことのためなら、労力も、時間も、資金も、惜しまない。逆に言えば、それ以外のことには、労力も、時間も、資金も、使いたくないということだ。それを理解して受け入れてくれる相手でなければ、まずお話にもならないのだ。仲間たちとわいわい騒ぐのは好きだ。だが、それはあくまで元親の気が向いたときだけのつきあいだ。それ以上に内的な、プライベートな時間と空間を共有することになるであろう“恋人”になってもかまわないと思える相手は今まで出会ったことがない。あるいは、元親のそんなこだわりを捨ててでも欲しいと思える相手と出会ったことも。これから先もそんな相手と出会うことなどないんだろうな、と内心で思いながら佐助が何かをさらに言いつのろうとするより早く、政宗に話を回す。
「おまえは?」

「俺は…Ah-、俺のやることを許して…?いや、受け入れて?…受け止めて?くれるやつ、か?」
 梅酒をなめていた政宗は、眠気を追い払うかのように目を瞬かせた。そして、思いつきを口にしていることを隠しもせずに言葉を直しながら、それだけ言った。いかにも気まぐれで気分やな政宗らしい言葉に喉の奥で小さく笑う。
「えー、それってわがままじゃない?ある程度の我慢って、必要だと思うよ。恋愛にはさ。自分のやりたいことだけするんじゃなくて、相手のしたいこともしてあげるっていうかさ」 缶酎ハイ程度で酔っ払うほど弱くないはずの佐助が、なぜだか今日はやけに絡む。隅で既に船をこいでいる幸村や、つまみを買い足しに行ったままなぜか既に30分ほど帰ってきてない慶次をぼんやりと頭の隅で思い出しながら、佐助の説を聞き流す。

「チカちゃんも政宗も、恋ってしたことないでしょ。その人のそばにいるだけでどきどきしたり、なんか意味もなくうれしくなったり、一緒にいるだけで頬が緩むっていうか、笑いたくなるくらい幸せになったり!」
「おまえはそういう相手がいるのか?」
「もー、俺様のことは今はいいの!ね、どうなの」
 まだまだ素面だと思っていたが、佐助は意外に酔ってるのかもしれない。しかも絡み酒とはめんどくさい。こっそりため息をつくと、気分によって酔い方が、酒の種類によって強さがまったく変わる政宗がいきなりひらめいた、というようにさっきよりも少しだけ大きな声を出した。どうやら、梅酒はあまり合わなかったようだ。さっきまで平然としていたのに、既に顔が赤らんでいる。

「えみのおしかつ!」

「は?」
 唐突な言葉に佐助が目を丸くする。当然の反応だろう。
「さすけ、えみのおしかつしらないのかー?」
 日本史クラスだったくせにー。と、いつもよりも幼い口調で政宗が笑う。
「え?何の話?え?誰?」
 佐助が目を白黒させているのがおもしろかったのか、政宗が声を上げて笑った。笑いながら、ついでに俺にもたれてくる。幼い口調と甘えたような仕草から、どうやら今日は軽く幼児がえりするような酔い方らしい、と分析しながら頭をなでてやるとますます上機嫌になった政宗がにっこり笑って俺を見る。
「もとちかはわかるよな−?」
「恵美押勝っていやあ、なんとか天皇が自分の恋人の藤原仲麻呂につけた名前だろ」
「あったりー!」
 さすが元親、ときゃらきゃら笑ってご褒美とばかりに俺の頭をなでる政宗に、好きにさせてやると佐助が気味悪そうに俺たちを見た。
「何?何の話なわけ?っていうか、二人でわかりあっちゃってずるい。っていうか、これで伝わるチカちゃん気持ち悪い!」
 俺にも説明してよ、とわめく佐助がうるさかったのか、政宗が俺になついたまま佐助のほっぺたをひっぱる。痛い痛い痛い!と文句を言うのを放っておいて、とりあえず説明してやる。
「おまえの顔を見てると、自然に笑みが浮かんでくる。だから、おまえの名前を今日から恵美押勝にしよう、っつー話。日本史で習わなかったか?」
「習った…かもしんない。でも、なんでそんなのがとっさに出てくるわけ?二人とも世界史クラスだったくせに!」
 政宗から取り返した自分の頬をなでながら、佐助がぶつくさと文句を言う。

「あー!」
 佐助の頬から既に興味がそれたらしい政宗は、何かいいことを思いついたかのような満面の笑みだ。写真をとって素面になったときのこいつに見せてやったらきっと真っ赤になって怒るんだろうな、と考えながらぐびぐびとビールを飲む。
「どうした、政宗」
「もとちか、えみのおしかつだ!」
「「は?」」
 さすがに今度の言葉は意味がわからず、図らずも佐助と二人して間抜け面を晒してしまった。そんな俺たちを気にもとめず、政宗がきらきらと目を輝かせて笑う。
「おれ、もとちかといるときいっぱいわらってるきがする!だから、もとちか、えみのおしかつだ!」
 元気いっぱい、満面の笑みでそんなことを言うものだから面食らう。表現はすごく微妙だが、どうやらうれしいことを言われているらしい、とそこだけ受け止めて、笑い返してやるとますますうれしそうに笑うのだから、なんだかかわいいかもしれない。
「俺も、おまえと一緒にいるときが一番笑ってるかもなー。おまえも俺の恵美押勝になるかー?」
 うんっ!と笑う政宗は普段の生意気な女王様のような態度がどこへ行ったのか、無邪気な幼稚園児みたいにご機嫌だ。どんなに酔っ払っても記憶は飛ばさない政宗は、きっと明日の朝、頭を抱えて悶絶するだろう。二日酔い故ではない頭痛のために。

「チカちゃんと政宗ってさぁ」
 会話に置いてけぼりをくらった佐助がじっとりと俺を見る。
「もー、いっそ二人がつきあっちゃえば?」
 投げやりに佐助がそう言った瞬間、玄関から「ただいまー」と脳天気な慶次の声が聞こえた。

「なんか、恋のにおいがしたから急いで帰ってきちゃった!」
 恋のにおいってどんなんだ、とかおまえの嗅覚、幸村とは別の意味ですごいな、とか急いでっておまえ出て行ってからすでに45分くらい経ってるんだけどどこのコンビニまで行ったんだよ。最寄りのコンビニは、ここから歩いて5分もかからないはずだ。とかいろいろ言いたいことはあったが、とりあえずそれよりも佐助の言葉について考えてみる。
「政宗と…?」
「もとちかー?」
 酔っ払ったままべろーんと俺に懐いた上に、なんかやたら幼い感じになってる政宗だが、意外に思考ははっきりしているらしい。視線を交わせば、酔いにとろけてはいるものの案外しっかりした目とぶつかった。
「料理上手はクリアしてるよな。んで、一緒にいて楽だし、気ぃ使わなくていいし」
「もとちかって、きゅーくつなとこないよなー」
「え?ちょ、冗談…」
「何々ー?恋の話ー?」

 外野をまるっと無視して政宗と向き合う。政宗も、おもしろそうに俺を見ている。今現在、元親の一番親しい友人は政宗だ。時折、気まぐれに違いの家を訪れて他愛のない時間を過ごしたりする。縄張り意識が強いというか、自分のテリトリーに不意打ちで入ってくる他人というものが大嫌いな元親であるが、政宗のアポなしの訪問を受けて不愉快に思ったことなど一度もない。そういえば、やってきた政宗を放置して自分のやりたいことに集中していても、政宗は文句を言ったりもしないで勝手にくつろいだり飯を作ってくれたりする。その逆もしかりで、警戒心の強いはずの政宗が、元親はすんなりと家に受け入れてくれる。考えたこともなかったが、どうやら元親はずいぶん政宗に気を許しているらしい。
 さらに考えを進めて、政宗とキスをしたり、一緒に寝たり、ついでにセックスするところも想像してみたが、別に嫌悪感なんて覚えない。男をそういう対象に考えたことなどないが、政宗が相手なら平気な気がする。むしろ、余裕で勃ちそうだ。てか、勃つ。
 政宗を相手に色めいたことなど考えたこともなかったが、どうやら現在、元親に最も近い場所にいるのは政宗らしい、と納得する。その上で、もう少し考えてみる。政宗が相手なら、つきあってみても、いいかもしれない。

「政宗の顔好きだしなー」
「もとちか、くーるだしなー?」
 視界の端で、予想外の展開にあたふたとする佐助と、まだ状況を飲み込めていないもののおもしろそうなことに敏感な慶次を認めながら、ふと笑みがこぼれる。
「なんてったって…」
「「恵美押勝だし?」」
 決まりだ。ためしに、政宗の後頭部に手を添えて引き寄せる。あまり力を入れていないのに素直に政宗は俺に顔をよせる。至近距離で一瞬視線を交わしてから、目を閉じる。

「「あーーーーっ!!!」」

 初めて触れた政宗の唇は柔らかくて、思っていたよりもずっといいものだった。
 悲痛な叫びをあげる佐助と、楽しそうに声を上げる慶次、部屋の隅でいつの間にかいびきをかいている幸村。三人を無視して、俺は政宗に笑った。
「これからよろしくな」
 ちゅ、と頬にキスをすると、ふやりと笑った政宗はこっちこそ、と俺の頬にキスを返してくれた。





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