・現代
・元親(大学院生)×政宗(大学生) 元親の方が四歳年上





「なあ、元就」
「うるさい。我に話しかけるな」
「俺、恋人できた」
 幼なじみというよりも腐れ縁といった方が近い男は、口を開いても馬鹿なことしか言わないというのが元就の元親に対する認識だ。そして、たいていの場合、その認識は間違っていない。だから、話を聞くよりもさきに切り捨てたのだが、そんなことには頓着しない元親は、マイペースに自分の話したいことを話す。これも、いつものことだ。そしてやはり今回の話も、どうでもいい話だった。だが、どうでもいいといえばどうでもいいのだが、どうでもいいなりに衝撃的な言葉だったので元就は思わず顔を上げ、ぽかんと、元就にあるまじき間抜け面を晒してしまった。にやにやとそれを見ている元親の視線に気がついてさっと表情を取り繕うが、あまりうまくいっていない気がする。そのくらい、先ほどの元親の発言は衝撃的だった。

「…貴様に、か?」
「ああ」
「貴様の恋人などつとめられる女がいるのか」
「女じゃない。男だ」
 二度目の衝撃発言に、元就はぱかりと口を開いて、先ほど以上の間抜け面を晒してしまった。そしてやはり元親の視線に気がついて表情を取り繕うが、先ほど以上にうまくいっていない気がする。実際、口の端がひきつるのが自分でもわかった。
「貴様…そういう趣味があったのか」
「趣味も何も、今まで誰ともつきあおうとか好きだとか思ったことなかったんだから、知らねえよ。まあ、でも、男に欲情したことはなかったんだけどなー」
 言葉を選ばない元親の、欲情という言葉にさらに顔をひきつらせる。男が男に欲情するというのは、元就が今まで生きてきた中で一度も考えたこともない状況であったが、そもそも元親が、元就の考え通りの行動をすることなど、そう多くない。馬鹿の考えなど元就にわかるはずがないのだ。というか、わかりたくもない。
「貴様が…誰かに惚れたというのか」
「いんや」
「は?」

 本日何度目か数えるのも億劫になってきた衝撃に、今度は眉をひそめる。わけがわからない。元親が今まで誰にも恋愛感情を抱いたことがないことを元就は知っている。恋愛感情を抱いたことがないから、誰ともつきあったことがないのだ。割り切った身体のみの関係の女はいたようだが、恋人を作るのは初めてのはずだ。だから、てっきり、元親が誰かに恋をしたのだと思って、醜態をさらしてしまったというのに。
 だが、其れと同時に妙に納得もした。元親は妙に人に好かれる性質がある。だから、友人や慕ってくる仲間にはことかかないし、大勢で騒ぐのが好きな元親はそれをどんと受け入れる。だが、関わった相手に対する大切さにランクがあったとしても、それはあくまで友人というくくりの中であり、それ以上の特別など作ったことがないのだ。今まで誰も友人というくくりからとびだしたことがなかった。仲間、や友人、知り合い、というカテゴリを人は無意識に自分の中に作り、相手を分類していくものだ。そして、元親の中には恋愛というカテゴリがないのだろう、というのが元就の認識だ。きっとこの男は、一生、恋愛などせずに生きていくのだろう、と。元親同様、恋などしたこともなければ興味もない、それこそ恋愛というカテゴリを自分の中に持っていない元就は、そういったところで認めたくはなかったが自分たちは似ているのだろう、と思っていた。

「…まあ、貴様が恋をしたと言うよりは信憑性があるが…では、なぜつきあう?」
「正確には、“まだ”惚れてないっつーかよぉ」
「は?」
「これから惚れる予定っつーか」
「…なんだ、それは」
 恋というのは理性でするものではないらしい、ということくらい実体験のない元就でも知っている。昔から「恋は思案の外」などと言うではないか。とはいうものの、恋にうつつを抜かして夢中になる輩を元就ははっきり言って馬鹿にしていたし、あんなにみっともない姿をさらすよりもよっぽど一人の方がいい、と他人に興味のない自分に安心もしていた。いや、話が逸れた。とにかく、元親の発言はおかしい。恋は自分の意思でどうにかできるものなのだろうか。それは、本当に恋なのだろうか。別に、元親に恋をしてほしいわけではない。もちろん、して欲しくないわけでもない。元親の恋愛事情など、はっきり言ってどうでもいいことだ。どうでもいいが、疑問は疑問だ。元就は元親自身に対する興味はほとんど全くないが、この状況はおもしろい、と興味がわくのを感じた。

「というか、そもそも貴様ごときとつきあうとはどんな奇特な男だ。我も知っている相手か?」
「ん?ああ、政宗だ」
「は?」
 あまりにも予想外すぎる名前に、またもや元就は固まった。元就は、政宗も元親と同じで、慕ってくる相手を懐にいれる心の広さや優しさはあるが、その心が色恋には一切動かない性質であることを知っている。元就の認識では、元親同様、そして自分同様、一生、恋愛などせずに生きていくであろう人物だった。それが、何がどうして、そうなった。

「…なぜ、伊達と…」
確かに、元親と政宗は仲がいい。元就の知る範囲で、だが政宗は元親の最も親しい友人と言って差し支えないであろう。元親が友人たちの中で政宗を最も優遇しているのは見て取れたし、政宗にしてみても元親は親友といって問題ないであろう相手だということも知っている。だが、それがどうしたらこうなるというのだ。完全に元就の理解の範疇を超えている。

「なんつーか…酒の席での流れ?」
「この痴れ者が!」
「おいおい、怒るなって。きっかけがなんであろうと、俺と政宗は恋人同士になったんだって」
「…」
「ためしによ、つきあい始めてからのこの一週間、毎日、俺かあいつの家に一緒に帰って、一緒に飯食って、一緒に風呂入って、一緒に寝てるけど、全然窮屈じゃない。いやにもなんねえし、疲れもしねえし、邪魔にもなんねえ。なんなら、こうして、今一緒にいないのが物足りないくらいだ」
「は…」
「俺は、あいつだったら愛せる気がする。いや、あいつを愛したい」

 穏やかな目でそう語る元親が、遠いところに行ってしまった気がした。元親がどこに行こうがかまわないが、寂寥感は少しある。誰かを愛したいとも思わないが、幸せそうな元親がほんの少しだけうらやましくもある。だが、それだけだ。行ける場所があるのなら、どこへなりとも行ってしまえばいいと思う。そしてできれば、帰ってこないで欲しい。客観的に見て、ここが寂しい場所なのだということくらい元就だって知っている。
「性別とかの問題じゃなく、俺たちは世間一般によくあるような普通の恋人にはなれねえだろうけど、あいつを手放したくない。一生、一緒に生きていきたいと思える」
「…そうか」

 根本的に、誰かの体温に嫌悪を覚える元就は、人よりも無機物の方が好きだ。だから一生、元親が今感じているような幸福を知ることはないのだろう。それはなんだか悔しい気もする。だが、とりあえず、いくら気が合わなかろうが、腹が立とうが、鬱陶しかろうが、不本意ながら物心つく前から知っている腐れ縁の男だ。なんだかんだ言って元就は元親のことが嫌いではないし、幸福になろうとしているのならば、それを応援したかった。実際に何かをしてやるつもりはないけれど。
「よかったな」
 だから、その言葉が元就の元親へ向けてやる唯一の祝福だった。元親にしても、元就にしては素直なそのひとことだけで十分だったのだろう。
「ありがとな」
 そう答えた元親は、今まで見た中で一番幸福そうな表情をしていた。





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