『じゃあオイラと神田でマリのおっさんとこ集合ってことで』





『時間は?』





『夜明けまでだ』









無線ゴーレム越しの3人でのその会話。





日々、生と死の狭間に身をおく己でありながら、そんなこと考えたことも無かったんだ。





『オッケー』





長年、聞きなれたその声が二度と聞けなくなる、なんてことは。








考えたく、無かったんだ。








弔いの鐘








「あ?何か言ったか?」



無線越しに、耳障りな雑音と共に何か、言葉のようなものが聞こえた。

この電波状態の悪さは、きっとデイシャだ。
だが、微かに届いた言葉は、聞きなれたあいつの声とはまったく違う気が、した。
少し…いや、かなり、気になった。
それでも、俺は信じていた。



何の根拠もなく、あいつなら大丈夫だ、と。


あいつが死ぬわけ無い、と。



勝手に、決め付けていた。




『デイシャ?』


無線越しに、不振そうな響きの中に見え隠れする心配の色をにじませたマリの声が聞こえた。



「行くぞ、六幻」



気を無理やり落ち着かせて、愛刀の名を殊更冷静に呼び、タイミングの悪いアクマに切りかかった。




今、俺が意識を向けなくてはいけないのはどこかで戦っている仲間ではなく目の前のアクマだ。




そう、己に言い聞かせながら。









「…っは、ぁ」



もう、自分でもわけがわからなくなるほどに、片っ端からアクマを切りつけて、ハカイしていって。
振り返って今来た道を見れば、アクマの残骸が散らばっていた。



「…チッ」



思わず、舌打ちをもらしてしまう。



冷静なつもりでもなんだ、この滅茶苦茶な太刀筋は。
動揺が現れている。
こんなざまじゃ、いつ死んだって文句は言えない。


ここにいるヤツラが、ザコばかりでよかった、と思う。
どんな状態でも己の最高の実力で相手を叩きのめすのがベストだということはわかっている。
だが、それでも好不調はある。
今は、戦いに身が入っていない。
そんな言い訳、アクマは聞いちゃくれない。
俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない。
あの人を、見つけなければならない。

それに、こんな中途半端なところで死ぬわけにはいかないだろう。



今は任務の途中だ。
己が請けたものを途中で放り出すのは絶対にイヤだ。
ほかのヤツラに迷惑がかかる。



コムイも…冷徹な為政者になろうとしてなりきれてないアイツも、心を痛めてしまう。
今の本部があるのは8割方アイツのおかげだ。
できることなら、アイツの負担は少ないほうがいい。
失われた者たちすべての死を背負おうとしているが、アイツはそんなに強くない。
本当は、自分と、妹だけで手一杯なのに。


それに、俺は……あいつに、もう一度会いたい。


どこかで戦っている、オレンジ…というよりは赤色の髪の毛の戦友であり一応恋人である男を一瞬だけ、思った。
あいつが生きているのに、俺が勝手に死ぬのは、ダメだ。
イヤとかじゃなく、ダメだと思う。
ずっと、一緒に戦ってきたんだから。
勝手に死ぬわけには、いかないんだ。
オレが死ねば、あいつはバカだからきっと泣く。


「グエェエェ!!!」


奇声を発しながら襲い掛かってきたアクマを六幻の一閃で断ち切る。


今は、戦わなければならない。


そのために、今、俺はここにいるのだから。





俺たちは、戦いの向こうにある生を求めて、戦っている。
俺たちの未来は、この血なまぐさい戦いの向こうにしかないのだ。


生きて、生きて、生き延びて。
そしていつか…。


己の願いをかなえるために、俺は六幻をふるった。
立ち止まる時間は、ない。







襲いかかってくるアクマを問答無用でハカイし、なんとか目的の場所…即ち、マリのもとまでたどりついた。




「神田」


小声で、名を呼ばれた。
そちらを見れば、見慣れた巨体が俺を見ていた。

「マリ」
名を呼ぶと、少しだけほっとしたような表情が見えた。
「神田、よかった」
あたりに気配が無いか、神経を張り詰めさせておきながら声には安堵した表情が伺える。
多くを語ることはない…デイシャがよく喋るやつだから余計にそう思うのかもしれないが…男だが、発せられる言葉には誠実さが感じられる。普段は穏やで、デイシャと一緒だと2人で丁度バランスが取れる。

こいつも、信頼できるやつだ。
兄弟弟子ともいえる相手であるコイツと会えて、オレは柄にもなく安心なんてした。


あとは、デイシャと合流するだけだ。


そう考え、それから一瞬…いや、一瞬にも足りないほどの短さで、俺の胸に何か、暗いものがよぎった気がした。
隣に立つ巨漢を見上げると、ばっちりと目が合った。
一瞬顔を見合わせた後、どちらからともなく無言で視線をそらした。



「……」

「……」


いつもならどうということはない沈黙が今はやたら重く感じられた。
口を開いて何かを言おうとしては言うべき言葉が見つからずに閉じるというまぬけな動作を幾度か繰り返した。



刻一刻と約束の時は近づいていると言うのに、あたりの様子はまったく変わらない。
ついに耐え切れなくなり、口を開いた。


「…デイシャは?」


震えそうになる声を、内心で強く叱咤しながら、いつもどおり言えた、と思う。
マリの大きな肩がかすかに震えた。

「…まだ、来ていない。連絡も…。気配も…ないな」
「………そう、か」

東の空を、見た。俺につられてか、マリもそちらを見る。
先ほどまで闇に包まれていた空には、微かに…光が、射そうとしていた。







「夜明けだ」







夜明けの光は、好きだった。
闇に射す一条の光が、好きだ。
だが、今ばかりはこの光も絶望の色を伴って我が身を照らし出すように思える。




パタパタパタ




微かな羽音に目を向ければ、見慣れた無線ゴーレムが…無線ゴーレムだけが、そこには浮いていた。



「デイシャのゴーレムだ…………」



マリが、微かに沈んだ声で言った。
今更、言われるまでも無い。
見慣れた、デイシャのゴーレムだ。
逆さになった三角錐型のデイシャのゴーレム。

エクソシストの持つゴーレムは、すべて形が異なっている。
逆さになった三角錐…。
この形のゴーレムは世界にたった一つだけ。


デイシャ・バリーが持つゴーレムだけ。


主を失ったゴーレムが、パタパタと弱々しく飛んでゆく。
その後を、俺とマリの二人で追いかけた。





その先に何があるのか、俺たちは見なければならなかった。









「神田」


先を歩いていたマリが、ふと立ち止まった。
マリにつられるように、彼の視線の先にあるものを見た。


街灯…?


……!





「デイ…シャ?」





見上げた先には、つい数刻前連絡を取り合った“仲間”がいた。
何年間、共に戦った“仲間”がいた。
街灯に、デイシャの亡骸が逆十字のように鎖でかけてあった。
マリのでかい背中が、泣いているように見えた。



「…こんなところにいやがった」


声が、震えている。


デイシャとマリは組むことが多かった。
俺よりも、きっとこのやるせない気持ちは強いだろう。



「――――――っ」



俺も、無様にも泣きそうになった。
あわてて、唇をきつくかみ締める。
今は、任務の最中だ。
感情的になっては、いけない。
ソレは判断を…思考を、狂わせる。



「…っ――」


涙はこらえられた。
だが、無様な嗚咽だけが唇を割って出てこようとする。


「――っ…」


マリもどこにぶつけていいのかわからないこの感情の行き場に迷っているのだろう。
中途半端な嗚咽が、のどを突いてくるのだろう。











どこか遠くで、教会の鐘の音がする。


ああ、今日はミサの日か…。


デイシャ、おまえのイノセンスと同じ鐘の音だ。
…どうか、心安らかに眠ってくれ。


あとのことは、俺が…俺たちが、お前の分まで…なんていわねえけど、やれるだけやるからよ。
だから、安心しろ。
俺たちが現世で必死こいて戦ってるのを、高みの見物でもしてろ。
おまえ、チビだったから俺やマリを見下ろせるなんてめったにない経験だろう?
気分はどうだ?


…なあ、デイシャ。







「…遅刻だ」



突然、身近なヤツが…教団の人が死ぬのは、よくあることだった。


「デイシャ…」
だが、実際に親しいヤツの死を目前にしてこんな言葉をつぶやくことしか、俺にはできない。


「…バカヤロウ」
マリも、そんな言葉を吐くことしか、できない。





いちいち悲しんでいては、身が持たない。
生きていくために、心を殺すことを覚えた。
誰が死んでも悲しまないよう、誰に対しても何も感じないようにしようと思った。
だが、このざまは何だ?
たった一人の仲間が死んだだけで、こんなにももろく崩れそうになる俺は、何だ?






『ユウ』



ふと、脳裏に明るい赤みがかったオレンジ頭の男が浮かんだ。

「ラビ…」

小さく、その名をつぶやく。
すぐ近くにいるマリにさえ届かないほど、小さな声でつぶやいた。

ラビ…

おまえなら、知ってるだろうか。
こんなやるせない気持ちのときは、どうすればいいのかを。

『ユウ』


ぎゅっと、きつく目を閉じた。
この幻の声を、こぼしてしまわないように。

今、無性におまえに会いたい。
今、おまえの声で名前を呼んで欲しい。
今、おまえの両腕で抱きしめて欲しい。
今、ただただそばにいて欲しい。


『ユウ』


アイツの笑った顔と、俺を呼ぶ声のトーンと、俺を抱きしめる腕の強さと、そばにいてくれる時のなんともいえぬ安心感を、記憶をなぞって思い描く。


今、おまえはどこにいる…?
会いたくて、たまらない。








「………」
そこまで考えてから、弱々しい自分に渇を入れるため、頭を左右に振った。
つられて頭上でくくられた髪の毛がぱさぱさと揺れる。
ゆっくりと目を開き、前を見た。
ここで立ち止まるわけには、いかない。

「マリ」
名を呼ぶと、のろのろとこちらに向いた瞳とぶつかった。
「………」
俺の顔を見て、マリも表情を引き締めた。
軽くうなずきあう。


ここで、立ち止まるわけにはいかない。
心の中で、挫けて立ち止まりそうになる己を叱咤する。
そして、もう一度、物言わぬデイシャ…“仲間”の遺体を見上げ、それからゆっくりと俺たちは無言で歩き出した。



デイシャに、背を向けて。





心が、あの場所に留まりたがっている。
もう、ここから先には進みたくないと泣いている。
この先、きっと俺たちはもっと悲惨なものを見る羽目になる。
死んだほうがマシだというような思いも、何度だって味わうことになる。
だが、俺たちには果たさねばならない使命があるから。
ここに、留まるわけにはいかない。
前を見なくては。
今、止まってしまえば何も見えなくなる。
こうしている間も戦っているヤツラがいる。
こうしている間にもアクマは次々に生み出されている。
すべてが終わったとき、改めてデイシャのために俺は泣こう。
だから、今は…


デイシャ……死が、どうかおまえにとって優しいものでありますよう…。


柄にもなく、少しだけ…ほんの少しだけ、祈った。
長年の、朋(とも)のために。
そして、きっと己のために。











日々、生と死の狭間に身をおく己でありながら、こんなこと考えたことも無かったんだ。
長年、聞きなれたおまえの声が二度と聞けなくなる、なんてことは。



考えたく、無かったんだ。










そんな俺を、おまえは哂うか?










(おい、おまえら泣くなよ。どうしていいかわかんねぇじゃん?)
第43夜 呵呵大笑







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