本当にさびしいとき、つらいときに、何気なく、いつもそばにいてくれること
それが、どれだけこの心を暖めるのか、貴方は知らないでしょう――







「…」
「…」




何も、言わない。
先生は何も聞かなかったし、オレも何も言わなかった。




先生が強く、強くオレを抱きしめてくれている。
この腕の強さ、手の暖かさ、先生の優しさが今のオレの世界のすべてだった。





「…」
「…」


お互いに何も言わないのは言葉がどれだけ意味のないものかを知っているからだ。
幾万の言葉を重ねるよりも、ただそばにるという行為が、どれだけこの心を安らげることか。





「…」
「…」




オレを抱きしめてくれていた先生の右手がゆっくり動いて、オレの髪を、背を、優しくなでる。

すべてを包み込み、抱きしめ、守ってくれる大きな優しい手。
この手が、好きだ。
ほかの誰のどんな手よりも、この手が、好きだ。

オレの手では、何も守れない。


先生の大きな手が、うらやましかった。







大好きな腕の中で、オレが奪った命と傷つけてしまった小さな心を思った。











任務だった。




オレたちは、人を殺して金をもらって生きている。
人を殺すのはオレの仕事で、それは与えられた任務だった。

今回の任務は、暗殺だった。
だが、暗殺される側も身に覚えがあるのだろう。
忍を、雇っていた。
その忍は、小さな子供を盾にとってオレに言った。



『おまえが動けば、コイツが死ぬぜ?』



『…何の関係もない子供をみすみす殺すようなまね…木ノ葉の偽善忍者にはできない、よなぁ?』



『コイツを殺されたくなかったら、自分で自分の腕を刺せ。クナイくらい、持っているんだろう?』





          『助けて…助けて…っ。死にたくないよぉ…。こわいよぉ…。おとうさぁん…おかぁさん…にいちゃ…誰か…助けて……誰かぁ…怖いよぉ…助けてぇ…』





嫌な任務になった。
いつもよりも、ずっと。



標的の命を奪うのは、仕事だった。
でも、それ以上の命を奪いたくないと思うのは、いけないことなのだろうか。
人を殺しているオレたちだから、それはただの奇麗事にしかならないのだろうか。



恐怖に震えている子供を、助けたかった。
だから、敵に言われるままに己の腕を、刺した。
血が、ぼたぼたと足元に溜まりをつくった。


『これで…満足か?』


オレを見て、敵は哂った。
歪んだ、哂いだった。




キミのせいじゃない。



そう伝えたくて、目が合ったときに少し笑ってやると、その稚い表情を思い切り歪ませて、涙をぼろぼろこぼしていた。





『五月蝿い餓鬼だ』



そう言って、敵はその子供を殴った。
痛みと恐怖で、子供は意識を失った。
子供は意識を失う直前、すがるようにオレを見た。










『これで…終わりだ』


そうつぶやいて、敵の首、頚動脈を切った。

血が、すごい勢いで溢れた。
返り血をイヤと言うほど浴びた。



『あ………』



その瞬間を、子供が見ていた。
丁度意識を取り戻した子供が、見ていた。




オレが敵の首を切ったところ、血を浴びたところ。




『………おいで』


手を差し伸べても、その手は敵の血と自身の血で真っ赤に染まっていた。





     『いや…だ』






                  『…こない、で』






   『さわらないでぇ…っ』






子供は、恐怖に目を見開いてオレを見た。
暴れて、引きつった声で、叫ぶ。


誰かを傷つけ、命を奪う。




その点で、オレはその子供を人質にとった男と寸分も違わなかったのである。






子供が泣きつかれて倒れるように意識を失うまで、オレはそこに立っていた。
それから手を拭って、子供を抱き上げた。
街が見える場所までそのまま連れて行き、草の上に寝かせた。





『ご免…な』





危ない目にあわせてしまった。
怖いものを見せてしまった。





『全部、…忘れてくれ』





ムリな願いであることは、わかっていた。
これほどまでの衝撃的な経験、忘れられるはずがない。
わかっていても、願わずにはいられなった。



小さな子供の優しい心を守れなかった自分が、ひどく疎ましかった。





『ご免…』





もう一度つぶやいて、それから、その場を立ち去った。





『任務…完了』



森の中を駆けながら、自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。



傷を負った腕よりも、ほかのどんな傷よりも、どこか違う場所が壊れそうなほどに痛かった。













「…」

「…」




忍として生きていく以上、つらいことなんて山ほどある。
今回のようなことは、まだまだやさしいほうだろうことも、想像に難くない。


でも、つらかった。

一人で、いたくなかった。

誰かに、そばにいて欲しかった。




「…」

「…」




どんな言葉よりも、ただ、そばにいて欲しかった。


誰よりも、ただ、先生にそばにいて欲しかった。


その大きな暖かい手で、抱きしめて欲しかった


そう願うのが甘え以外の何物でもないのだとわかっていても、オレは一人でいることに耐えられなかった。




「先生…」


「ん?」



「ありがとうございました」



「…いつでもどうぞ」







この血にまみれた闇の世界で、あなただけがオレの真実。
あなたの大きな手にひっぱってもらわないと、右も左もわからない。






あなたのその大きな優しい手だけが、世界のすべて。








あなたのその大きな手は、すべてを守ってくれる。
優しくて、暖かい。

それをうらやましい、とオレが思っていることを、あなたは知らないのでしょう――










奪った命の重さ、傷つけた心の幼さ、そして何より何も守ることのできない自分に傷つくカカシ。
多くを聞かず、でもすべてを知ってそれでも尚受け止めてくれる四代目。




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