この世界の誰よりも、その幸せを祈る。



5月。
ホグワーツから見る景色はどの季節もそれぞれに美しいが、5月の緑に包まれたホグワーツの景色は言葉にできないほどに美しい、と思う。
青い空に悠々と浮かぶ白い雲。
あたりをつつむ新緑は目にまぶしくやさしい。
隣でまどろむ相棒は黒いローブをそのへんに脱ぎ捨て、赤と黄色のネクタイを緩めている。
その真っ黒で綺麗な髪と白いシャツとの対比は明るい陽光の中、いつにも増して美しく目に楽しかった。



この光の下で





今日は、朝から非常に天気がよかった。
気温も快適で、気持ちのいい風も吹いていて。
絶好のサボリ日和といえるだろう。
それでも、午前中は我慢したのだ。
でも、昼食を食べたあとの心地よい眠気に誘われるまま、僕とシリウスは我慢できずに授業をサボった。
普段の僕らを考えるとよくここまで我慢した、とほめて欲しいくらいだと思う。
そんなわけで、シリウスお気に入りの大樹の木陰でのんびりと午後のひと時を優雅に過ごしているというわけだ。
まったく、なんて贅沢な時間なんだろうね?


「ん…」
「シリウス?」
「肩…貸してくれ…」
「ああ。どうぞ、肩でも胸でも。なんなら膝枕してやろうか?」
「いらん。肩だけで…十分…」
「それは残念」
「…」



木に背を預け、僕の肩に頭を預けて気持ちよさそうに寝息を立て始めたシリウス。
頬が緩んでしまうのが自分でもわかる。
自分はことこの親友に関する限り、際限なく甘くなってしまうらしい。
シリウスになるべく振動を与えないように気をつけながら手を伸ばし、シリウスが脱ぎ捨てたローブを引き寄せ、その肩にかけてやる。

「ほら」
「んー…」

寝心地のいい姿勢を求めるように少しだけ身じろいで、また寝息を立てる。
微笑と共にその頬を軽くなでてから、僕は読書に専念することにした。







「…終わってしまった」
最後の1ページを読み終わり、ぱたん、と本を閉じる。

さて、どうしようか。

シリウスの寝顔を見ながら、考える。
そのとき。



「今は授業の時間ではないのかな?Mr.ポッター」

「校長先生…」
「ん?Mr.ブラックも一緒のようじゃの」

気配を感じたらしいシリウスが少し身じろいだ。
なんでもないよ、とでも言うように軽く肩を抱いてやると安心したらしく微笑を浮かべて僕に身体を預けてきた。
その信頼が、何よりも嬉しい。
無邪気な寝顔。
幸せな夢を見ていればいい。
優しさとぬくもりに包まれた夢を見ていればいい。
できることなら、そこに僕がいればいいのに。

「…ふむ」
その様子を見ていたダンブルドアは豊かなあごひげをなでると、微笑みながら僕の隣に腰を下ろした。
「今日は非常に好い日じゃの、ジェームズ」
呼び方が“Mr.ポッター”から“ジェームズ”に変わった。
…どうやら、黙認してくれるつもりらしい。
校長の心遣いに感謝するつもりで軽く頭を下げてから、こたえる。
「はい。…こんな日におとなしく教室に閉じこもって授業を受けているなんて、正気の沙汰じゃありませんよ」
「ほっ、キミらしい意見だ」
「学ぶことは大事ですが、勉強だけがすべてではありません。時には…」
ダンブルドアは面白そうにこちらを見ている。
その視線を受け止めて、にっこりと笑った。
「こうして、息抜きをするのも大切なことなのではありませんか?」
「その通りじゃ」
目を細めてやさしくダンブルドアが笑う。
「がむしゃらに勉強することだけが学ぶことではない。それを知っているからこそ、諸君らは優秀な生徒であるのじゃろうな」
「恐れ入ります」
「常にいたずら心を持ち続けるその茶目っ気もすばらしいものだ」
「…このホグワーツでの学園生活に少しでも潤いを与えたいので」
「それは、誰に…かの?」
「言わずもがな、なのでは?」
「ほっほっほ」
「…」

「では、わしはもう行こうと思うのじゃが、シリウスに伝言を頼んでもよいかの?」
「…どうぞ」
「一人ではないことを忘れないように、と」
「…」
「頼んだぞ」
「…はい」
それだけ言うと、ダンブルドアは気配を感じさせずに立ち上がり、一歩を踏み出そうとしたところで何かを思い出したかのように振り返って笑った。

「諸君らの気持ちもわからないでもないが、規則は規則。グリフィンドール、20点減点じゃ」

年齢に不釣合いなほどキラキラした目を持つ偉大なる校長はそれだけ言うと楽しそうに笑いながら今度こそどこかへ行ってしまった。
「…」

シリウスは、まだ起きる気配を見せない。

当然だ。
彼はここ数日、ほとんど眠っていなかったのだから。

「シリウス」

その細い身体を、強く抱きしめる。

ここ数日、毎日実家から手紙が届いていた。
彼を縛りつけようとする、暗く残酷な家。
その手紙の内容までは、知らない。
ただ、最初の日。
届いた手紙を見た瞬間、シリウスの顔色が変わった。
一瞬だけ、さっと青ざめた。
何がそこまでシリウスに衝撃を与えたのか知りたい。
でも、ムリに聞き出してもシリウスを傷つけることしかできないことも痛いほどにわかっているから。
だから、ただただシリウスの隣にいることしかできない。
そんな自分をもどかしく思う。

「…」

ただ、そばにいることしかできない。

「おまえは…もっと、僕を…僕たちを頼るべきだ」

ささやくように吐き出した言葉は自分でも苦笑いが浮かぶほどに震えていた。
そして、改めて気づく。
自分の中で彼がどれだけ大きな存在になっているのか、を。

「シリウス」

口にした名前は、この世界のどんな言葉よりも美しく輝いている。
キミがいるから、この世界はこんなにも美しい。
それなのに、どうしてキミにはわからないのだろう。
闇に屈することなく、あの家でただ独り凛として立ち続けてきたキミに、どうしてわからないのだろう。
歯痒くてたまらない。

「ねえ、シリウス」

僕は、少しでもキミの救いになれているだろうか?
僕にはキミの眠りを守ることしかできないけれど。

「どんなに辛くても、苦しくても、大丈夫だよ。僕だけは、ずっと、キミの味方だから」

そばに、いるよ。


誓いをこめて、白い額に触れるだけのキスをした。










キミのためにできること



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