世界でただ一人




「知っているかい?」


不意に、隣の男がそういった。


「僕たちは、この世界で生きているんじゃない」


正面を見据えてそういいきった男が、ひどく緩慢な動作でオレのほうに向き直った。
オレは、何も言わない。



「この世界に、生かされているんだ」




知らずに詰めていた息を大きなため息と共に吐き出し、ゆっくりと腕を伸ばした。




「だからなんだってんだ」




両耳をつかむ。
思いっきり、ひっぱってやる。

「痛い!」

ジェームズが文句を言ったけど、無視する。





「今、こうやっておまえがオレの手の届く場所にいる事実に変わりはないだろう」





ジェームズが鋭く息を呑む音が聞こえた気がした。
もう一度強く耳をひっぱってやる。
それから、手に込めていた力を緩めた。




「違うか?」



少し笑んでやると、ジェームズも笑った。


「まったく…」


こちらに腕を伸ばしてくるのを、じっと見た。


「キミにはかなわないよ」





「シリウス」





ゆっくりと、まるで、オレたちがここにいることを確かめるかのようにゆっくりとジェームズが顔を近づけてきた。
オレはそれを避けない。でも、自分から動くこともしない。





「シリウス」





もう一度、囁くように吐息にのせた声がオレの名を呼んだ。
びくりと、少しからだが震えた。
ジェームズがのどの奥だけで少し笑う。




「ん…」




優しいだけの口付けが降ってきた。




「シリウス…」



少し唇を離して、もう一度さっきと同じように名を呼ばれる。
掠れたような低い声。
この声にオレが弱いことなんてジェームズはとっくの昔に知っている。



「んん…っ」



さっきの優しさを拭い取るかのような荒々しい口付け。
ジェームズの耳をつかんでいたオレの手は、気がつけば背中に回っていた。
少しの間、お互いの唇を夢中でむさぼりあって、それからはなれた。



「ジェームズ」



意味もなく、名前を呼んでみる。



「シリウス」



ジェームズの指がオレの髪の毛を丁寧にすいているのを感じた。
オレも手を伸ばしてジェームズの髪の毛に触れる。
くしゃくしゃの癖っ毛。好き勝手に飛び跳ねているそれをわしゃわしゃとかき回してやる。




「この世界にとって僕たちは必ずしも必要な存在ではない」



その声が、耳に心地よく響く。



「でも、キミは僕にとって絶対に必要な存在だよ」



静かに、微笑む顔に見蕩れてしまった。




「愛してる」



どう応えるべきなのか少し考えて、それからオレも言った。




「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ」



今度は、オレから触れるだけの口付けを送った。

自然に笑みがこぼれる。
ジェームズも、それは同じらしくめがねの奥の瞳がひどく穏やかに笑っている。


今更ながらに、自分はこの場所にいるとすごく幸せな気分になれることを知った。


抱き合った体の温かさ。
交わした口付けの甘さ。
向けられる声音の優しさ。


どれも、ジェームズ以外オレに与えることができないものだった。





「なあ、ジェームズ」
「なんだい?」
「言わなくてもわかってると思うけど、オレ、今、すげえ幸せだぜ?」
「奇遇だな、僕もだ」




こんな幸せを与えてくれるのはこの世界にただ一人、あなたしかいない。







キミのすべてが、愛しいよ




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