奥州の竜は甘えるのが好きだ。
しかし、悲しい哉その立場ゆえに竜が甘えることができる相手、というのはごく限られている。
されど案ずること莫れ!
誰よりも竜を愛し、守り、そうして甘やかすことができる男が常にそばに在るのだから!







政宗は時々、発作のように人恋しくてたまらなくなる夜がある。
そんな時、どうしても我慢しきれずに向かうのは忠実な右目のもとだった。


「小十郎…?」
部屋の前でしばらく躊躇して、それでもやっぱり我慢できなくてそっと障子越しに名を呼ぶと、政宗がそこにいることをわかっていたように(実際、小十郎はわかっていたのだろう)すっと障子が開き、ふわりと小十郎のにおいのする羽織に包まれた。
「政宗様、廊下は冷えます。どうぞ、こちらへ」
強引に腕を引かれ、部屋の中…どころか小十郎の腕の中へと倒れこんでしまった。
「ちょ、こじゅ…っ」
予想外の強引さに驚くが、それ以上に嬉しくもあった。


いつだって政宗の意思を最優先する小十郎は、冷えた廊下に政宗が立ちすくんでいることをこれ以上ないほどに心配しながらも政宗が自分の意思で自分のもとへと来ることを待ったのだろう。
初めから明確な意思を持って小十郎を訪れたのであれば、小十郎だって遠慮せずにさっさと障子を開けて政宗を招きいれただろう。否、それ以前に小十郎が政宗のもとへ呼ばれていたかもしれない。

しかし、今夜は違う。
何が原因だったのか突然、途方もないほどに人恋しくて狂いそうなほどに寂しくて誰かのぬくもりを求めずにはいられなくなった。
この発作はそう多い頻度ではないが、昔からある程度の間隔をもって訪れるものだった。
奥州筆頭という立場を何よりも誇りに思い、それゆえに自分の中の甘えを嫌い、我侭なように見えて誰よりも自分に厳しい政宗は一人に耐えられない自分の弱さが嫌いだった。
いつものように小十郎が政宗の気配を察して自ら障子を開いたのであれば、政宗がなんでもないと無理やりにでも誤魔化して一人きりの蓐に帰ってしまうことは明白だったので、小十郎はやきもきしながらも政宗が声をかけるのを待たねばならなかった。


「こんなに冷えて…」
自分よりも幾分か細い主の身体を抱きしめて、小十郎が嘆息する。その大きな腕に包まれて言いようのないほどの安堵を覚えながら珍しく素直に謝った。
「Sorry、…こんな時間に、悪いな」
「そのようなことは、かまわないのです。この小十郎のすべてはあなた様のためにあるのですから。それよりも、こんなに冷える前に入ってくださればいいものを。いえ、それよりも、呼んでくだされば小十郎のほうからあなたのもとへ参りますのに」
低音で耳元にそっとささやかれて、寒さに冷えていたはずの身体が熱くなる。耳元が、燃えるように熱い。
(shit!どうして、こいつの声はこんなにsexyなんだよ)
どうしたのですか、などと無粋に問うことはせず、何もきかずにただやさしく抱きしめる小十郎の優しさに甘えている自覚はあったけれど、いつだって、政宗の虚勢は小十郎の前だけではいとも容易く崩されてしまうのだ。それを悔しくないとは言わないが、決して不快なものではなく、胸がつまるほどの嬉しさすら覚えてしまうのだ。
ほんの幼いころから、今も。
小十郎にとって政宗が何にも変えがたい至上の存在であるのと同じように、政宗にとっても小十郎は誰よりも特別な無二の存在であった。

「な、小十郎」
顔にのぼった熱を振り払うように小十郎からわずかに離れて首を振り、そしてそっと顔を覗き込む。
「今夜は、ここで寝てもいいか?」
小十郎が政宗のお願いを断るわけなどないというのに不安そうに見上げる独つ眼に思わず抱きしめたくなるほどのいとおしさを覚える。
「無論です。せまいところですが、さあ、どうぞ」
政宗を抱きしめたまま器用に布団の中にもぐりこみ、当然のように腕枕をすれば、政宗もこの体勢になんの疑問も文句も言わず、むしろ寝心地のよい場所を求めてしばらくもぞもぞと動き、驚くほど無防備な様子で小十郎にしっかりと抱きついた。

「おやすみなさいませ、政宗様…」
すでに眠そうに目を蕩かせている政宗の耳元にそっとささやき、抱きしめる腕にわずかに力をこめる。
「ん、Good night、こじゅうろ…」
眠さゆえに常よりも舌足らずな声で呼ばれた名に昔を思い出し、ますますいとおしさが募る。

(どうか、あなたが夢の中でも孤独ではないように…)
限りないいとおしさを溢れるほどの優しさに変えて、小十郎は、誰よりも大切な主がただ安心して眠れるように、と願いを込めて額に口付けを落とした。







竜の右目は甘やかすのが好きだ。
ただし、その甘さはこの世でただ一人、最愛の竜にのみ向けられる。
その甘さといったら!
而して、その甘さに包まれて奥州の大事な竜はこれ以上ないほどに幸せそうに微笑むのだ!






You are my only dear!



嗚呼、なんていとおしい人!




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