今度の週末、行きたいところはありますか。


久しぶりに二人予定のない週末、せっかくだしデートでもしようと誘いかけたところ返事は即座に返された。

「安井金毘羅宮に行きたい」

その返答を聞いて小十郎は絶句した。なぜか。理由は簡単だ。安井金毘羅宮とは縁切で有名なところだ。間違っても恋人に行きたいと強請る場所ではない。

「鉄輪井戸も行きたい」

鉄輪井戸。これまた縁切で有名な場所だ。能の『鉄輪』の舞台でもある。小十郎は恋人に向けた笑顔のまま固まった。
もしかして自分は遠まわしに別れたいと言われているのだろうか。


確かにここのところ忙しくて一緒に過ごす時間があまりとれなかったがそれでも朝はなるべく一緒に朝食をとるようにしているし、今朝もおはようのキスといってきますのキスをした。付き合い始めて3年、同棲しはじめてすでに1年以上経っているが慣れずに頬を赤く染める政宗がかわいくてやりすぎてしまったかもしれないが、決して嫌がってはいなかった。その証拠に手作りの弁当をちゃんと持たせてくれた。特製のから揚げは覚めてもなおおいしかったし、小十郎の好物である牛蒡をたっぷり使ったきんぴらも絶品だった。出し巻き卵の形・色の美しさなどもはや芸術のレベルである。


話が逸れた。政宗が縁切スポットに行きたがっている理由。順調に愛を深めていると感じていたのは小十郎だけで政宗はずっと不満を抱いていたのだろうか。別れたいと言われても、正直なところ小十郎には政宗を手放せる自信がなかった。なんとしてでも政宗の気を変えなければならない。そのためにはまず原因を知る必要があり、現状を正確に把握しなければならない。
「政宗様」

「縁を切りたいやつがいるんだ」

意を決して口を開いた小十郎のことばを遮って真顔でそう告げる政宗は鬼気迫るものがある。ごくり。つばを飲み込んで、小十郎は覚悟を決めた。


小十郎はこの年下の恋人を信じている。プライドが高くて意地っ張りで、でも寂しがりやで甘えん坊な恋人はあまりかまってもらえないのをすねているだけかもしれない。本気で別れたいなどと言うはずがない。いってきますの触れるだけのキスのつもりが朝からするには濃厚すぎるキスで腰くだけになって「馬鹿」と恨み言を言いつつも「愛してる」とささやいた小十郎に「俺も…」と真っ赤になりながら返してくれた政宗を信じたい。
「それは…」


「松永久秀のくそやろおおおぉぉぉぉ!!!!!」


誰ですか。聞くより先に政宗が叫んだ。





普段ならば二人きりの時間に政宗の口から自分以外の男の名前が出たことに苛立ちを覚えたかもしれないが、今日ばかりはそうならなかった。そして口が悪い、とたしなめる気にすらならない。
なぜなら、政宗が心底縁を切りたいと望んでいるのが自分ではないという事実が政宗の恨みのこもった絶叫により判明したからだ。


「その松永何某…というのはいったい何者です?」
先ほどの無表情は嵐の前の静けさだったらしい。毛を逆立てた猫のよういきり立って怒りをあらわにする政宗をそっとひざの上に抱き寄せて頭を撫でてやる。

「うちのゼミのprofessorなんだけどよ、あの野郎『卿は非常に頭のいい男だな、いや感心。私は卿のような優秀な男を育てるのが好きでね』とかなんとか言って、ありえねえくらいの課題を出すし、ことあるごとに俺をパシリに使いやがるし」
言いながら、小十郎になだめられて落ち着こうとしていた怒りがまたぶり返してきたらしい。自然と声が大きくなっていく。
「あいつのせいでこの数ヶ月ずっと忙しかったんだ。何の権利があってあいつは小十郎との時間を奪うんだ!!!」


あまりのいとおしさに眩暈がした。
政宗が怒っているのは大量の課題でもパシリに使われていることでもなく、忙しくされているせいで小十郎との時間が減ることなのだ。もともと真面目な性質で向学心も旺盛な政宗にとっておそらく不満なのはその点だけだろう。多くの課題を出されるのは期待されているからだし、パシリに使われるといっているが優秀(政宗が文句を言いながらも従うのだから、優秀に違いない)な教授の近くにいる時間が長く勉強になるはずだ。
だが、それらを差し置いて一番に小十郎との時間を優先させたがる政宗が愛しくて仕方ない。

「政宗様」
抱きしめる腕に力をこめる。
「…なんだよ」
「ドライブは延期にしましょう」
不満そうにとがらせられた政宗の唇にちゅ、と口付けを落とす。
「せっかく二人で過ごせるんです。縁切スポットになんて行くのはやめて、二人で引きこもりましょう」

膝に乗せた政宗をそのまま横抱きに抱き上げると、小十郎は迷わずに寝室へ向かう。
馬鹿、だのはなせ、だのかわいくないことばが聞こえてくるがこれは本心からの抵抗ではない。本気で嫌がっているときの政宗は噛み付くわ引っかくわで、本物の猫のような暴れっぷりを見せるのだ。これはただ単に恥ずかしがって照れているだけでありこういう場合の抵抗はその後の甘い時間を思わせる恋人たちのスパイスでしかない。




週末には一緒に




せっかくの二人そろって予定の空いた週末だが、残念ながら政宗は明日ベッドから起き上がれそうもない。








安井金毘羅宮も鉄輪井戸もともに京都にある有名な縁切りスポットです
9.22〜11.1 web拍手お礼文




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