ショコラショー





仕事を終えて家に着いたのが22時。いつもならで迎えてくれる恋人はまだ帰っていないのか、部屋は暗い。それを寂しく思いながらも明かりをつけて部屋に入ればエアコンは切れているもののまだあたたかさが残っている。キッチンに行けば晩御飯が二人分、ラップをかけてセットしてある。
(コンビニでも行ってるのか?)
今日は遅くなるという話は聞いていないし、この様子では先ほどまでは家にいたようであるし。首をかしげながら、とりあえずスーツを脱いで部屋着にかえる。
そう遅くなることもないだろうと、政宗の帰りを待つ間コーヒーでも飲もうとやかんを手にしたところで、玄関のほうで音がした。

「政宗?」
「小十郎!悪い、すぐに戻ってくるから間に合うかと思ったんだけど」
顔を覗かせれば慌てたような様子でぱたぱたと駆けてくる。その手には何か袋を持っている。
「すぐ飯にするな。待たせちまって悪かったな」
「いや、今帰ったばかりだし、そう慌てなくても大丈夫だ」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐにしかめ面を作ってガキじゃねえんだから、と文句を言う。その表情がかわいくて、尖らせた唇にちゅ、とキスを落とせばさっと赤くなる頬。
「〜っ」
いつまでたっても初心で、ほんとうにかわいい。最高の恋人だ。



食事を終え、片づけを手伝ってからリビングのソファで雑誌を読む。そこにマグカップを手にした政宗がやってきて隣に座るのはいつものことだ。隣に並んでテレビやDVDを見たり、他愛のない話をしたり、はたまたそれぞれに好きなことをやっていることもある。ただ二人でいる、そんな何気ない瞬間に二人で一緒にいる意味や幸福があるのだろう、とがらにもなく思ったりする。
「はい、小十郎」
「ああ、ありがとう。…これは?」
差し出されたマグカップを受け取り飲もうとして、いつもと中身が違うことに気づく。色は近いものがあるが、香りがまったく違う。
「Ah―。今日、Valentineだろ?レポートやら試験やらのせいで、俺としたことがさっきまで忘れててな。何も準備してなかったんだ。今度休みの日に、もっとちゃんとしたのつくるから、今日はこれで勘弁してくれ」
まったく、松永のやろう…。
口の中でぶつぶつと教授への不平不満をつぶやきながらマグカップで指先を暖める政宗をみながら、マグカップに口をつける。

「ああ、それはかまわないが。これは…ココア、ではない、よな?」
一口飲んでみるが、ココアとは違う濃厚なチョコレートだ。甘いものがそう得意ではない俺のために、ビターチョコ。ほのかな洋酒の香りがほどよくチョコのほどよい甘さと苦味を引き立てる。
「ああ、これはcocoaじゃなくて、chocolat chaudだ」
「ショコラショー?」
「早い話が、hot chocolateだな。あんまり甘すぎないようにしたんだけど、大丈夫か?」
小十郎の好みを知り尽くしている政宗の作ってくれたショコラショーは絶妙の加減で、お世辞でもなんでもなく、おいしい。
「ああ、美味い。ありがとうな」
「You’re welcome。気に入ってくれたんなら、よかった。でも、このままじゃあ俺が納まらねえし、今度はおまえの好きな胡桃とナッツをたっぷりいれたブラウニー焼いてやるよ」
「そりゃ楽しみだ」
政宗の肩を抱き寄せて、微笑みながら頭のてっぺんにキスしてやると、満足そうな表情で幸福そうに笑う。まったく、ほんとうにいとしいやつ。

さて、一ヵ月後にはなにをかえしてやろうか?





きみのあいごとのみこむあまいあじ
2010年 VD



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