もう一度、笑った顔が見たかった。
ただ、それだけ。
願ったのは、それだけなのに。
シリウスがいなくなった。
否、いなくなったという言い方は正しくないのかもしれない。でも、“死んだ”とは言いたくないし、遺体が見つかっていないせいで未だに信じられない。
今にも、帰ってくるんじゃないかって。
遅くなった、なんて言いながらもう一度姿を現すんじゃないかって。
心のどこかでそう考えている自分がいる。
(ねえ、シリウス)
どこかで生きているかい?
それとも…もう?
だとしたら、あんまりだ。
こんなのってないよ。
シリウス、キミの人生はいったいなんだったんだ。
あんなところで死んでしまうのなら、キミはいったい…なんのために生まれたんだ。
ひどすぎるよ。
どうして、もっと長い人生を彼に与えてくれなかったのですか。
カミサマ。
『確かに…そんなにいい人生じゃなかったかもしれねぇけど』
彼は完璧なクイーンズ・イングリッシュを話すけれど、わざとその口調は乱暴に崩していた。
そして、その乱雑な言葉遣いが彼の優雅ささえ伴う美貌に不思議に似合っていた。
『でもな、…最悪でもなかったと思うぜ。だって、おまえらに会えたしな』
笑うと、犬歯がのぞいて悪ガキみたいな表情になって、造られた完璧な美しい笑顔よりも、そんな自然な笑みにこそ彼の魅力があった。
『確かに散々だったし、お世辞にも幸せな人生、なんて言えないけどな…でも、悪くない人生だった。だって、オレは心を預けられる友に出会うことができたんだ。それも、3人も、だ』
彼が、ずっとピーターを憎みながらも許したがっていたことを知っている。本当は、どこまでも優しい人だから。僕たち4人の中で一番優しいのは、シリウスだということを僕たちは知っていた。
『こんなに幸福なことが、他にあるか?あんなに幸福な時間が、他にあるか?なあ、リーマス。俺は、おまえたちに会えて間違いなく幸せだったよ。確かにピーターは裏切ったし、ジェームズは死んだ。俺もおまえも互いを信じきれずに、長い誤解の時間があった。でも、それでもあの時間が嘘になるわけじゃないだろ?あのホグワーツで俺たちが出会ってから…あの日まで、いや、それから先もずっと、この友情に偽りはなかっただろ?』
どこまでも優しくて、愚かで、愛しい友。
『この生に意味があったというのなら…それは、きっとおまえらに出会ったことだろう。おまえらに出会うために、きっと俺は生まれてきたんだ。ジェームズ、リーマス、ピーター、リリー…そして、ハリー。みんな、俺の大事な人ばかりだ。あの時間が幸福だった分だけ、俺がおまえらを愛している分だけ、ピーターへの憎しみは強くなってしまったけれど。でも…』
少しだけ、泣きそうな顔に見えた。
でも、シリウスは…泣くときはいつもジェームズがそばにいた。ジェームズだけが、彼の涙を支える術を知っていた。寂しがりやなくせに意地っ張りなシリウスを抱きしめることができるのはジェームズだけだった。
『今は、もう…許すことはできなくても、願ってるよ。みんな、幸せになればいい。おまえもピーターもハリーもロンもハーマイオニーもトンクスも…あと、誰がいる?ああ、そうだ。気に入らないヤツだけど、スネイプも。俺の出会ったすべての人たちが幸せになればいい。…可能性は、ゼロじゃないだろ?昔、あのバカが…ジェームズが、言ったんだ。どれだけ無茶に思えても、それでも願い続ければそれが現実になる可能性は、必ずあるんだって』
昔から、かわらない。
ジェームズの名前を呼ぶときのシリウスの優しい声。
それをひどく羨ましく思うと同時に、その声を聞くと変わらないあのころの彼らをそこに見出すことができていつだってたとえようもないほどの懐かしさに胸が詰まった。
多分、我々4人の人生の中でもっとも幸福だった瞬間。
『なあ、リーマス。幸せになってくれよ。いつか、きっと今にこの馬鹿げた時代は終わるから、おまえはそれを見届けて、光の待つ未来で、幸せになってくれよ。結婚でもして、子ども作って、そんで、しわくちゃのじいさんになったころに孫たちに見守られて逝って、そうしてこっちに来いよ。それまで、待ってるから。ああ、そんな顔するなよ。大丈夫だ。オレは一人じゃないから。ジェームズが、ちゃんとそばにいてくれるから。一人じゃない。大丈夫だから』
シリウス、キミはジェームズに会えたのかい?
キミの、魂の半分に。
『まだ、だけど。でも、ジェームズは絶対に待ってるぜ。だって、約束したから。アイツはうそつきだしほら吹きだけど、でも約束は絶対に守る。だから、絶対に待ってる。すぐに見つけ出して、たまってる文句、全部言ってやるんだ』
嬉しそうな、声。
笑うシリウスが、容易に想像できた。きっと、キミは今、あのころのように笑っているのだろう。あの、僕らの人生の中で最も輝いていた日々のように。
子どものように嬉しそうに笑う。
そんなキミが、好きだった。
とても。
『なあ、愛してるぜリーマス。オレは、おまえに随分救われたよ。おまえに会えて、よかった。おまえがいてくれて、よかった。オレのそう長くない人生の中で、おまえたちに会えたことが、おまえたちを愛したことが、愛してくれたことが、唯一、オレの誇りだ。幸せをたくさん、ありがとう。…どうか、もしあるとするのなら、オレがそっちに残していった幸せが、全部、おまえのもとに降り注ぐよう…祈ってる』
額に、冷たい唇が触れたように思った。
目が覚めれば、そこは見慣れた自分の寝床で。
「…〜〜〜っ」
いとおしさと、よろこびと、さみしさと、かなしみと、そしてきっと、こうふくに抱かれて。
私は、一人で泣いた。
目が覚めればキミはここにいないけど
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