「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
少女は元気に叫ぶと、走って家を出て行った。
時間的には走らなくても十分すぎるほどなのだが、少女はいつも走ってゆく。
タッタッタッタッタ…
軽快なその足音は彼女の心を表しているかのよう。
「おはよう、サクラちゃん」
「おはようございます」
近所のおばさんたちにも声をかけられては笑顔で挨拶を返していく。
タッタッタッタタ…
走ると風が生まれる。そして、その風が肩まである彼女のピンク色の髪をふわりと揺らす。
その感触に微笑みながら、少女は走ってゆく。
* * *
「やっぱり、まだ誰もいないわね」
前日のうちに指定された場所まで来ると、ぽつりとつぶやいた。
それも道理だ。指定された集合時間まで、あと1時間ほどもあるのだから。定刻どおりに来たためしがない担当上忍が来るのはそのさらに2、3時間後だろう。
「うーん」
大きく伸びをしてから辺りを見回す。
陰になっていてあまり日があたらなそうな場所を探して座る。
そして、ポーチに持っていた巻物を取り出して読む。
自分に体術が向いていないことはわかっている。だから、せめて理を知って得意なチャクラコントロールをもっと有効に使えるようにしたい。
少しでも強くなれるように。
仲間たちの足手まといにならないように。
大切な人たちを守ることができるように。
それは、長かった髪を自ら切った時に自分に誓った願い。
朝、顔を洗う時に鏡の中の短い髪を見るたびに思い出す。
この髪は戒め。
自分が、また弱い気持ちにならないように。
楽なほうへと逃げないようにするための。
しばらく巻物を真剣に呼んでいたが、手をかざして太陽の位置を見る。
(もうそろそろね)
巻物を丁寧にたたんでポーチの中にしまう。
そして、自分が今いる空き地から少しはなれたところにある人ごみに目をやる。
ざわざわとしている人ごみに目を凝らす。
(まだ…かなぁ)
思わずため息を吐いたそのとき、人ごみの奥のほうにちらりと見えた気がした。
「あ!」
うつむき加減にこちらへ歩いてくる人を見つけて、サクラは小さく歓声を上げる。
ざわざわと落ち着きのない雑踏の中で、その人だけが色を持っているかのように鮮やかにサクラの目に映る。
トクントクン
その人が一歩こちらへ近づいてくるたびに高鳴ってくるこの胸の鼓動。
その人が目指しているのは自分ではなくこの場所だとわかっていても、一歩ずつこちらへ歩いてくる姿を見れば嬉しくなる。
まるで、その人が自分のもとへ歩いてきてくれているように錯覚してしまいたくなる。
徐々に近づいてくるその人が自分の声が届くであろうところまで来た時、息を吸った。
そして、口元に笑みを浮かべる。
「おはよう、サスケ君」
満面の笑みで、大好きなその人を迎える。
少女の声に黒髪の少年は顔を上げると、口を開く。
今、彼の黒い瞳に移っているのはサクラだけだ。
彼が、自分だけをその瞳に移してくれるその瞬間が、たまらなく好きだった。
「よお…」
たったそれだけの短い言葉でも、自分にだけ向けられたのだと言う事実は胸を暖かくする。
「相変わらず、早いな」
珍しく彼のほうから会話を切り出してくれたことにさらに胸は高鳴ってゆく。
「う、うん。だって、誰かが遅刻すると、ほかのみんなに迷惑がかかるじゃない?」
そんなことを口では言いながらも、本当は早く来る理由は…
サクラの言葉に、サスケが珍しく笑う。
「どこぞの上忍に聞かせてやりたいぜ」
一瞬の淡い笑みであっても、自分だけが見ることができたその笑みは、これ以上ないくらいにサクラの胸を高鳴らせた。
それきり会話を続ける気がないらしい少年は、黙って人ごみのほうを眺めている。
その横顔を見つめながら、サクラはふわりと微笑った。
雑踏の中から真っ直ぐに、迷いのない足取りでこちらに向かってくるあなたを見つめるために
ナルトたちが来るまでの、2人きりで共有できるこの時間のために
いつも朝早く起きてこの場所に来るのです。
今度は私があなたを護りたい
BACK