・戦国サスダテ
きっかけを思い出せない。
偵察に訪れた城かいくさばか。
気がついたらすでに目で追っていた。
目で追う。その事実に気がついたら次はその理由に思い至ってしまった。そして直面する。忍としてあるまじきこの想いに。
いったいどこがいいんだろう。
奥州王の部屋の屋根裏に潜みながら佐助は真剣に考える。主の主である武田信玄の「奥州の動静に目を光らせておけ」というお達しをいいことに暇を見つけてはここに訪れている。決して短くはない道のり。我ながらよくやる、と思いながらも気がつけば俺はここにいる。
幾度もここを訪れてはいるけれど、所詮は敵国の忍。同じ時間を共有していたとしても会話などない。そもそも存在を認められていないのだ。
(いや、俺様がここにいることばれたら困るんだけどね)
心中でひとりごちてはそっとため息。
気づかれては困るくせに気づいて欲しい、だなんていったいどこの恋する乙女だ。
自分の考えに背筋がうすら寒くなる。似合わないことこの上ない。忍たる俺が誰かにこんなにも焦がれることも、その相手が竜であることも。
まったく悪夢のような冗談だ。否、冗談であって欲しいがこれはまがう方なき現実である。
「おい」
とうとう幻聴まで聞こえ出した。
そんなにも俺は独眼竜に気づいてもらいたかったのだろうか。こうやって声をかけられてことばを交わして。
「おい、そこの忍。聞こえてるんだろ。さっさとでてきやがれ」
ことばを交わして…?
「!!!」
驚いた。本気で。破天荒な主従の従のほうに仕えて久しいため、不本意ながら随分心臓が強くなったと自負していたが、不覚にも驚いた。口から心臓が飛び出すかと思った。
「一人酒にも飽きた。つきあえよ」
動揺と心臓の暴走がとまらない。なんだこれは、どんな展開だ。夢か、幻か、非現実に違いない。ああ、よかった。まったく、そこまで俺様ってば思いつめてたのか。
ドス
目の前に刃が生えた。
否、そんなものが勝手に生えるわけがない。美しくも凶暴かつ短気な竜が小刀を天井に向かって投げたのだ。
「この俺の言ってることがきけねえのか?…次は刺すぞ」
明らかに脅しである。しかも小さなのぞき穴から恐る恐る床下を覗き込めば非常に楽しそうな笑みをたたえて眼光鋭くこちらを見ている隻眼。小さな小さなのぞき穴を通してだというのに、目が合ってしまった。
(どんだけ気配に敏感かつ勘がいいんだよこの人は!)
もう自棄だ。すでにばれているのだから仕方ないという諦めを言い訳に。せっかくのこの機会を逃したくない、という下心。
「よいしょ、っと」
観念して彼の眼前に降り立てば、機嫌よさそうに口の端をつりあげ、ついでに灯を消した。
「あれ、消すの?」
不思議に思ってそうたずねる。佐助は忍で、訓練のおかげで暗くても昼間と同じに動くことができるしある程度は問題なく見れるのだが、政宗はそうではないだろう。
「今宵は新月だ。灯も消えた。この暗闇なら相手が誰なのかわからないし、何者であろうとも関係はない。俺は酒を飲む相手が欲しい。で、あんたがここにいる。姿の見えない相手と、見えない月を肴に飲むのもなかなかに粋だろう?」
そのときになって俺はよくやく気がついた。彼が手にするものの他にもう一つ、空の杯が置いてある。それは、つまり。
最初から俺と一緒に飲むつもりだったって都合のいい解釈をしてもいいのかな?
裏を返せば俺が忍んで来ていることにとっくの昔に気づいてた、ってことなんだろうけど。それは俺の自尊心とか真田忍隊の長である誇りなんかを傷つける事実だけど。
今までの時間は俺が一方的に共有していたものではなく、気づかない振りをして言葉も交わさなかったけれど、二人で同じ時間を共有していたんだ、とか。この人も俺に興味を持っていてくれたんだ、とか。
そう思ったら他のことなんてどうでもよくて。
きっかけなんて思い出せない。
いつ見たのだろう。いつから目で追っていたのだろう。どうしてこんなに惹かれたんだろう。
そして、ねえ。
いつから俺に気づいてた?いつから俺に興味もってくれてた?どうして俺が隣に座って杯を手にしたら嬉しそうに笑ってくれたの?暗闇で俺に見えないと思った?油断したね。あんたには気配気づかれちゃったけど、でも、俺様はまがりなりにも忍だよ。このくらいの闇、どうってことない。
ああ、まったく!
いつから、なんてそんなことどうでもいい。ただ、あんたが、いとしいよ。
みかの原 わきて流るる いづみ川
いつみきとてか 恋しかるらむ
旧拍手お礼文2009.12.18〜2010.10.2
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