トリュフチョコレート
電話がかかってきた。
誰だろう。
やる気なく寝そべっていた上半身を起こして形態を手に取り、ディスプレイに伊達政宗の名を認めてからは早かった。
それまでの動作の緩慢さが嘘のようにすばやく通話ボタンを押して耳にあてる。
「もしもしっ」
『よお、猿飛』
息せき切って電話に出た佐助に、政宗は面白そうに笑いながらいつもどおりの飄々とした口調で応えた。
「伊達ちゃん?どうしたの?」
せっかくのバレンタイン。会えたところでチョコなどもらえないだろうとわかってはいたものの、片思いの相手に会えなくて落ち込んでいた佐助は思いがけない電話に胸をはずませる。しかし声が聞けて嬉しいと思うと同時に、何か問題でも起こったのだろうかと不安にもなる。政宗のいつもどおりの口調と声音からして深刻な問題ではないだろうが、普段めったに電話せずにメールだけで用事をすませる相手であるだけに、珍しい電話はいろいろな憶測をめぐらせる。
『さっき、かすがが来てな』
「かすが?」
唐突にでてきた名前に首をかしげる。かすがは佐助の幼馴染で、同じ孤児院で育った妹のような存在だ。今は佐助の養父である武田信玄の昔馴染みの上杉謙信の養女になっており、北条氏政にひきとられた風魔小太郎と三人、ほんとうの兄弟のように身を寄せ合って生きてきたものだ。それぞれにひきとられて養い親のもとで暮らすようになったが、住む場所も近いし学校も同じだしで、未だに兄弟のような関係が続いている。昨夜だって、謙信にチョコレートをプレゼントしたいというかすがの願いを聞き入れてチョコ作り講座をひらいてやったくらいだ(ちなみに先生は佐助で、小太郎も強制参加させられていた)。
「かすががどうかしたの?」
『さっき、俺のとこに来てな。Chocolateをもらった。トリュフチョコ。なかなかうまかったぜ』
「え?」
その言葉を聞いて頭がまっ白になった。
え、どういうこと。佐助が昨夜、かすがに作り方を教えたというか、一緒につくったのがトリュフチョコだ。ガトーショコラなんかよりも簡単で、おいしいし見た目もいい。不器用で料理音痴のかすがでもこれならできるだろう、と簡単でおいしいレシピを考えてやったのだ。昨夜のかすががあんなに一生懸命になってチョコを作ってたのは謙信さんのためじゃないの?もしかして謙信さんはフェイントで、かすがの本命って…。
『で、そのときにな…って、きいてるか?』
「ご、ごめん。うん。…うん、きいてる。続けて」
動揺が激しい。え、まじで。ライバルですか。
かすがのよさなら誰よりも知っている。だって幼い頃から誰よりも近くで見てきた。不器用で意地っ張りで、でもひたむきな少女。顔だってかわいいし、女の子らしい体つきをしている。今でも十分美人だけど、大人になったらきっともっと魅力的な美人になる。整った顔立ちの政宗と隣に並んだって遜色ない、美男美女のカップルになるだろう。そう、美男“美女”。男の俺と女のかすがじゃあ、最初から勝負にならない。
『ああ、で。チョコをくれるときにな、こう言ってたんだ』
「…」
『「佐助からだ」ってな』
「…へ?」
ち、ちょ、ちょっと待って。
今、なんて言った?なんか俺様の名前が出て滝がするけど、気のせい…だよ、ね?
『「あのへたれ馬鹿は自分では渡さないだろうから、チョコの作り方を教えてもらった礼にあいつのかわりに渡しに来た」だと』
「〜〜〜っ」
嘘だろぉ!?と内心で叫ぶ。なんてことをしてくれたのだあの幼馴染は。
いや、かすががライバルでなかったことは嬉しい。本当に、嬉しい。大事な少女とそんなことで気まずくなるのはいやだからだ。でも、だからといってあきらめきれるほど軽い思いでもいのだから。だから、政宗を頂点とした三角関係にならずにすんだのはほんとうに嬉しい。でも、だからといって!
というか、そもそも佐助はかすがにこの恋について話したことはないのにどうして知っているのだ。自分ではうまく隠せていたつもりだったのだが、もしかして全然隠せていなかったのだろうか。
『その後、小太郎からメールが来てな。「佐助はいいやつだからよろしく頼む」だとさ』
いい幼馴染を持ったな。
そう言う政宗の声は完璧に笑いを含んでいて、がくりとしゃがみこんだ佐助はすでに半泣きだ。
『で、おまえからは俺に何か言うことないのか?』
顔は見えないけれど、わかる。政宗は今、絶対ににやにや笑っている。誰かをいじったり、悪戯をしかけたりするときの、ガキのような顔で笑っている。けれど、そこに馬鹿にしたような響きや嫌悪は感じられないから。
ええい、ままよ!
「…伊達ちゃんが、好きです」
俺と、お付き合いしてくれませんか?
そう言った瞬間、熱が顔に上るのがわかった。ああもう、こんなださい言葉じゃなくて、もっとかっこいい言葉で告白したかった。告白する予定なんてまったくなかったから、かっこいいセリフなんて考えていなかったし、もう頭の中がいっぱいいっぱいで、こんな言葉しかでてこない。情けない。
『ッぷ…ははっ!』
電話の向こうで政宗が爆笑している。ああ、恥ずかしい。情けない。かっこ悪い。ていうか人の一世一代の告白に対して爆笑を返すなんて、ひどい。
さらに凹んだ気分になる佐助をよそに、政宗はまだ笑っている。
なんだろう、このやるせなさ。
『あー、笑ったぜ。…おい、佐助』
「…はいはーい、なんですかー?」
『今から30分以内にうちに来い』
「へ?」
『生憎チョコは用意してないけどな。かわりに、kissしてやるよ』
「は?」
『さっさとしろよ』
「え、ちょっと待って。えっと、…俺の告白のこたえは?」
『Ha?Yesに決まってるだろ。じゃあな、30分以内だからな』
遅れたら何もしてやんねえから。
ガチャ
ツーツーツー
言いたいことだけ言って切れた電話に呆然とする。
え、どういうこと。
Yesってことは…はいってことで…俺はなんて言ったんだっけ?ああ、そうだ。『俺と付き合ってください』。かっこ悪いほどに直球な言葉。で、それに対してそのこたえ、ということは。
「え、もしかして、俺、伊達ちゃんの彼氏になれちゃったわけ?」
時間差でその事実を理解する。
「!!!」
嘘だろーー!!
さっきとは別の意味でその言葉を内心叫ぶ。嬉しくてたまらない。実るはずもないと決め付けていた恋だ。おせっかいな幼馴染に感謝をしなくては。お礼に今度、かすがにはストロベリータルト、小太郎にはレモンパイでも焼いてあげよう。
「じゃなくて!」
携帯で時計を見れば、通話が終わってから5分たっていた。ここから政宗の家までは自転車で30分。すでに5分出遅れている。急いでこの遅れを取り戻さなければ。
そして10分前まで片思いの相手で、5分前から恋人になった愛しい彼に会って、この幸福が現実なのだと教えてもらわなくちゃ!
コートをはおり、マフラーと手袋をひっつかみ、ポケットに携帯をつっこんで佐助はあわただしく部屋を出た。
あとはもう、政宗のもとまでわき目も振らずに一直線!
いま、会いにゆきます。
2010年 VD
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