・佐助×♀政宗
・現代
・二人は夫婦でついでに子どもがいたりします
誰よりも愛しい人が赤子を腕に抱いたまま転寝している。
白いレースのカーテンが風を孕んでふわふわと揺らめく様はベールのようだ。
(なんか、こういうの、教科書で昔見た気がする)
聖母子像
そうだ、それだ。宗教画でよくある構図。子を抱いた聖母は優しく穏やかな慈愛に満ちた表情をいつもしている。目の前の彼女も、そういった類の笑みをわずかに浮かべていた。
政宗の寝顔を眺めながら色々なことを思い出す。
出会いは大学の学園祭だった。たまたま彼女の所属サークルの屋台と佐助の所属サークルの屋台が隣同士だったのだ。準備をするときや、お客さんがいないときなんかに少しずつ話をして、仲良くなっていった。
そのまま親交を深めていき、交際に発展して結婚するに至ったわけなのだがそれまでの道のりは長く険しかった。本当に色々なことがあった。別れる別れないの騒ぎになったのは一度や二度ではない。かといって四度五度あったわけではないけれど。ちなみに、そのすべてにおいて別れると主張したのは政宗で別れないと言い張ったのは佐助だ。
(それも、今となってはいい思い出だけど)
政宗が別れると言い出すたびに佐助は肝を潰して全力で取りすがったものだ。
そもそもこの関係は佐助の完全な片思いから始まった。学園祭が終わる頃までには政宗に惚れていた佐助とは違い、彼女は佐助を気のいい男友達としか認識しておらず、学園祭が終わった3月後、いい感じに二人の親密度が高まっていくのを感じながらこれならいけるかもしれない、と告白した佐助に政宗は冷めた目で一言言った。
「寝言は寝て言え」
それからことあるごとに政宗に好きだと言い続け、どうにか自分が本気であることを信じてもらい、なんとか交際にこぎつけたのはそれからさらに3月後のことである。口説き落とした、というよりは政宗が根負けしただけのようにも思えるが何はともあれ佐助は政宗の彼氏という地位を手に入れた。
付き合い始めてから初めてのデート。いつもより気合を入れておしゃれをして、約束の30分前に待ち合わせの場所に着いた佐助は政宗が来るのを今か今かと待ち構えていた。
約束の時間の3分前に待ち合わせ場所にたどりついた政宗は黒のカーゴパンツに大きめの白いシャツ、黒いネクタイ、黒くてごついエンジニアブーツ、そして黒ぶちの伊達眼鏡をかけていた。
はっきり言ってかっこよかった。佐助の何倍も男前だった。政宗は女性にしては背が高く、女性特有の柔らかさを残して入るもののシャープな輪郭や鋭い眼光を放つ切れ長の目、肩につくかどうかという短い髪。身体のラインがわかりにくい服装をしているため、その日の政宗は男性にしか見えなかった。そしてもともとの顔立ちがこれでもかというほどに整っているのだ。女たちは頬を染めながら振り返り、男たちですら憧れのような意味を含んだ目でちらちらと政宗を見ていた。老いも若きも男も女もみんな振り返って政宗に見とれていた。
佐助とて顔立ちがよくセンスもよく、人当たりもよければ頭も運動神経もよく、ついでによく気がつく。異性同性問わず人気があり、それでいてねたまれたりやっかまれたりすることなどめったに無いお徳な性格をしているのだが、それでも今は完全に政宗のおまけにしかなっていない。佐助を500ワットの電球だとするのなら政宗は太陽だ。そのくらい輝き方に差がある。対抗心を燃やす気にすらなれないほどの決定的な差だ。
妙な敗北感に打ちのめされたが、それでも大好きな彼女との初デート。気を取り直して佐助はにっこり政宗に笑いかけ、歩くよう促した。おとなしく隣に並んだ政宗と他愛のない話をしながら、佐助は不意に政宗に触りたくなった。誰も彼もが政宗を振り返ってぽーっと見とれているのが気に食わなかったのだ。政宗が自分のものであると示したかった。人が多いのを言い訳にはぐれないように、とさりげなく繋ごうと手を伸ばした。
パシン
伸ばした手は、振り払われた。呆然と政宗を見詰めると、度のはいっていないレンズの向こうで呆れた目をした政宗が、無理。はっきり言った。
プロポーズしたときも大変だった。佐助はしみじみと思い出す。
「政宗、愛してる。俺と結婚してくれない?」
どきどきしながら取り出した指輪。
政宗は指輪を箱ごととりあげ、ふたをして、佐助の顔面に投げつけてから無言で席を立ちレストランを出て行った。慌てて佐助も席を立ち、大急ぎで会計を済ませてから走って政宗を追いかけた。
「ねえ、プロポーズはいやだった?俺のことキライになった?それとも独身主義?」
振り向いて懇願する佐助をじっと見ていた政宗はひどくそっけない口調で言った。
「別に」
ただの八つ当たりだ。
結局佐助がプロポーズに成功したのは13回目のことである。13回目のプロポーズのとき、政宗はじっと指輪を見つめ、それからため息をついて指輪を手に取ると無造作に自分で左手の薬指にはめた。
「なんか、だんだんおまえがかわいそうになってきた」
13度目の正直。佐助は狂喜乱舞し、政宗の気が変わらないうちにとめんどくさがる政宗を無理やり連れて役所に行き、その場で婚姻届を書いた。運がいいことにその日は二人とも実印を所持しており、めでたく二人は夫婦になった。
結婚式をしたい、と強い意思でもって主張したのも佐助だ。
めんどくさいし金がかかるからいやだ、と投げやりに言い放ったのは政宗だ。
政宗の言い分はこうである。籍をいれて結婚はもう成立したんだからわざわざそんなのやる必要ないだろう。
政宗のきれいに着飾った姿を見たいしみんなに俺の奥さんはこんなに美人なんだって自慢したい。一生の思い出になるし、ぜひとも結婚式を挙げたい。佐助の言い分だ。
おまえが花嫁衣裳を着るなら考えてやる。政宗。
政宗が着なきゃ意味がないでしょ!佐助。
俺はいやだ。政宗。
俺だってやだ。佐助。
堂々巡りになってきた。結局、二人の意見を折半することになったのだが話し合いの決め手は政宗がグーを出して佐助がパーをだしたことだ。つまりいわゆるところのじゃんけんである。
結果、二人きりで小さな教会で式を挙げ、家族や友人には写真いりのハガキを送った。
純白のウェディングドレスに身を包んだ政宗の美しさに思わず絶句した佐助を知ってか知らずか、政宗は真顔でつぶやいた。
「コスプレみたいで落ち着かねぇ」
「来月から仕事休むから」
食後にお茶をすすりながら二人並んでDVDを見ていたときのことだ。政宗は唐突に言い出した。
「来月?仕事休むって…なんかあったっけ?」
「さんきゅう」
「は?サンキュー?わけがわかんないよ」
なんかお礼言われるようなことしたっけ。言いながら首を傾げると政宗は冷たい目で佐助を見た。
「アホか」
「………」
「Thank youじゃなくて産休だ。出産休暇」
「え?え?どういうこと!?」
「どういうこともなにも…産休を取るってコトはbabyを産むってコトだろうが、普通は」
心底呆れた顔をして政宗は佐助を見た。佐助はまだ混乱している。その佐助の様子を見て政宗ははたと何かに気づいたように首をかしげた。
「もしかして言ってなかったか?」
「きいてないよ!!」
絶叫する。間近で叫ばれた政宗は迷惑そうな顔をして佐助から距離をとりつつあっさりと言った。
「ま、そういうことだから」
そういった過去のすべてを今となってはいい思い出、と笑っていられるのは佐助が政宗をこれでもかというほどに愛しているのと同様に政宗が佐助のことを愛していると知っているからだ。
政宗は嫌いな人間と係わり合いを持つほど愛想がよくないし、いくらしつこく言い寄られたからと言って好きでもない相手と付き合うほどヒマではない。そして自分が認めた相手でなければ決して結婚などしないだろうし、愛していない相手に身体を許すほど脆い貞操概念は持ち合わせていない。
素直じゃなくて天邪鬼で時として佐助以上に男前で。
けれど政宗は誰よりもいとしくてかわいい佐助の恋人であり、妻である。
大学生のころ、文句を言いながらも毎回律儀に佐助の陸上の大会に弁当を持って応援に来てくれていた政宗を思い出す。
目の前ですやすやと眠る聖母子。
佐助はでれっと顔をにやけ崩しながら幸福をかみ締める。
そうだ、あのころから政宗は佐助の幸運の女神でありマドンナであったのだ。
そしてそれはこれから先もずっと変わらない。
マドンナ:1. 聖母マリアの称号 2. あこがれの女性 3. 佐助にとっての政宗
俺は君がいるだけでいつだって幸せでいられる。
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