何の打算も、偽りもなく。
俺はこの男が好きだ、と思う。
闇夜の月
月の明るい晩にともに酒を酌み交わしながら、ふと思った。
甲斐の虎の若子。
紅蓮の鬼。
真田幸村。
いくさばで出会い、刃を重ね、そして決着のつかぬままに終わったそのときにはすでに惚れていたのかもしれない。
豊臣の勢力に対抗するために同盟を結び、そして使者として俺の国を訪れるようになった真田と、熱を持たない再会をして、それでも真田がそこにいると思うだけでどうしようもなく心はたかぶった。
だから、二人きりの今夜のような月の夜に押し倒されても抗わなかった。
酒を飲んではいたけれども酔うにはとうてい足りぬ量に過ぎず、俺の意識ははっきりしていたし真田の瞳にもはっきりとした意志の色と情欲の色が浮かんでいた。
相手の名とこらえきれぬ嬌声以外には言葉も交わさず獣のように交じり合い、激しい情交に不覚にも意識を手放してしまった。
明け方にふと目覚めて隣を見れば、すでに目覚めていたのかそれとも眠っていなかったのかは知らないが、真田は俺より二つも年下のくせに、一人前の男の顔をして落ち着いた深みのある優しい笑みを浮かべ低い声でささやいた。
「お慕いしております、政宗殿」
普通は順番が逆だろう、とか俺も好きだ、とかいろいろ言いたいことはあったけれど結局。
「その声は、反則だろ…」
かなり腰にキた。
そう言って赤くなりそうな頬を隠すために腕を真田の背にまわした。
「何を、考えておいでですか?」
かけられた声にはっと意識を戻すと、すねたような表情の真田がいた。
幼い表情とすねた声音が愛しくて笑うと、ますます憮然とした表情になるのがまたおかしい。
「悪い悪い」
手を伸ばしてくしゃりと頭をなぜてやると複雑そうな顔をした。
『そなたに触れてもらえるのは嬉しいのだが、子ども扱いされるのは好きではないのです。某は、そなたと対等の一人の男としてありたいのです』
いつだったか言われた言葉。
子ども扱いしているわけじゃない。俺とは違う真っ直ぐな心根が、実直な物言いが、ただ愛しくてそれを我慢できないだけのこと。
第一、 あんたを子どもだと思っているのならあんたに抱かれたりしない。
「他所事を考えていたわけじゃねえ。ただ、あんたに初めて抱かれたのも、こんな夜だったと思ってな」
そう言うと少し照れくさそうな懐かしそうな表情をしてかすかに笑う。
あんたは子どもなのか大人なのかたまにわからなくなる。
「そなたは、月がよく似合う。いや、そなた自身が月のようだ。戦国という闇の夜に煌々と輝く月…」
「何言ってんだよ、あんたは。酔ったか?…ったく、恥ずかしいやつ」
手にした酒盃をことりとおいて、真田は微笑み俺に手を伸ばす。
同じように俺も酒盃をおいて真田の好きにさせる。
「月明かりに照らされ笑うそなたを見て、我慢ができなくなったのでござる」
そう言って触れるだけの口付けを幾度か繰り返してから、徐に抱き上げられた。
「真田?」
「幸村、と」
名をお呼びください政宗殿。
「…幸村」
嬉しそうに笑う男のくびに腕を回してしがみつき、そうして連れて行かれた閨で激しく抱かれながら俺はもう一度思った。
なんの打算も、偽りもなく。
俺はこの男が、好きだ。
たとえこれから先、何があろうとも。
命を、とりあうことになろうとも。
きっと、この想いは変わらない。
たとえ、近い未来に別れが訪れるとしても
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