真田幸村が奥州を訪れているときに、近頃同盟を結んで親しくなった長宗我部元親が偶然訪れた。
どうしたものか。
少々悩んだものの元親は同盟国の国主、あまりにも足しげく奥州を訪れるのですでに客と認識されていない幸村とは違い、もてなしてやらねばならぬだろう。
仕方ない、ため息をついて幸村に一言断ってから元親に会うことにした。





「よう、久しぶりだな独眼竜」
「西海の鬼、おまえもな。息災そうで何よりだ」
「突然来ちまって悪いな。近くを通ったもんだからよ」
3月ぶりにあう元親は闊達そうに笑って、そばにおいてあった包みを政宗に差し出した。

「Ah−?What is this?」
「あけてみろよ」
言葉は通じなかっただろうが、表情から意味を読み取ったのだろう、楽しそうに元親は政宗を促す。表情を伺っても、楽しそうに笑うばかりだ。

「Wow!…so beautiful…」
包みを解いて現れたのは硝子のボトルとグラスだ。その青色がなんともきれいで思わず口元が緩んだ。
「青はおまえの色だろ?だから、それを手に入れたときにおまえの顔が思い浮かんだ」
「Thanks」
「礼なら、今夜はあんたの手料理を振舞ってくれ。調理場に新鮮な魚を大量に運ばせてある。泊めてくれるんだろ?」
「All right。存分に振るってやるよ。部屋に案内させるからそれまで休んどけ」
「ああ、悪いな」
「あ…そうだ」
「あ?」
「宴会に、赤いのが一人参加するが、気にするなよ」
「赤いの…ああ、あいつか。かまわねえよ」
「じゃあ、また後でな」

元親と別れ、そのへんにいた部下に幸村への言伝を頼みながら急ぎ足で厨房へ向かう。
新鮮な海の幸。腕が鳴る。何を作ろうか。いや、何の魚があるのか確認しなければメニューも考えられない。元親だけではなく今日は幸村もいるのだ。とびっきりの海鮮料理をふるまってやろう、と心中で笑みをこぼす。



鯛のお造り。
鰹の叩き。
鮎の塩焼き。
鰤大根。
鰯のつみれの味噌汁。
等々。


魚尽くしの豪勢な食事に元親は満足そうに笑う。なんとなく不機嫌そうな顔をしていた幸村も料理を見て表情を緩める。部下たちも早く箸をつけたいのだろう、そわそわと落ち着きが無い。
「Let’s party!」
いつものお決まりの台詞を叫べば、それに呼応して兵士たちの叫びが返ってくる。
「「「「「「「「「「「Yeah!!!!!」」」」」」」」」」」」」
伊達軍どころか長宗我部軍も同じように叫んでいるのには笑ってしまった。




「どうだ、うまいか?幸村」
元親としばらく話した後、元親が部下たちの輪に混ざりに言ったのを契機に政宗も幸村の隣に座った。料理に夢中になるあまり、長いこと幸村をほったらかしにしてしまったのが気になっていたのだ。

「どれもおいしゅうござりました。中でも、この団子の入った味噌汁がとりわけ」
「Ha!あんたが好きなのは甘い団子だけじゃないんだな」
くすくすと笑うと、幸村は少し顔を赤くして、けれどきっぱりと言った。
「政宗殿が作ってくださるのならば某にとっては何でも馳走となりますし、好物ともなりましょう」
「Oh…嬉しがらせを言ってくれるじゃねぇか。Thanks、幸村」
料理は趣味であり、自身もあるが好いた相手にこうも手放しで褒められれば無条件で嬉しい。世辞を言うのが苦手な幸村の口からこうもすらすらとことばが出てくるということは本心なのだとわかるから、余計に。

「…政宗殿と、元親殿は似ておられる」
料理をぺろりと平らげ、申し訳程度に酒を口にする幸村は少しすねたようにそう言った。
「Ah-?」
「部下への接し方、物の考え方、将としてのあり方…。だからであろうか、兵たちの気質までも似ているように感じられまする」
「Ah、確かにそうかもな。うちの連中も、あいつんとこもずいぶん意気投合してたみたいだしよ」
政宗の掛け声に同じように返事を返していた長宗我部軍の連中を思い出してふと笑う。馴合いは危険だが、同盟を結んでいる以上、兵たちの中が険悪なのもよろしくない。そもそも酒宴で険悪な雰囲気でも困りものなのだから、悪くない傾向だろう。

「政宗殿と、元親殿も…」
「?」
「ずいぶんと、仲良うなっておられた」
暗い声音に幸村がすねていた原因はこれか、と気づいた政宗はにやけそうになる口元を引き締めながらなんでもないことのようにうなずく。

「まあな、あいつ面白いし。気が合うし」
「…」
「なんだ、妬いてるのか?」
「…」
すねた顔でそっぽを向いてしまった年下の恋人がかわいくて仕方ない。こんなにも素直に感情をあらわにして、いくさに生きる武将として本当に大丈夫なのだろうか。そう思いつつもこの素直さを失わないで欲しいと思う。

「しかたねえな、いいこと教えてやろうか真田幸村」
すねた横顔もいとしいが、せっかく一緒にいるのにそっぽばかり向かれてはつまらない。恋人の嫉妬は嬉しいがこのまま変な方向に突っ走った幸村の思考が誤解を生んでも困る。
内緒話をするように声をひそめ、悪戯っぽく笑った。

「…」
無言のまま政宗を振り返った幸村に笑みを浮かべる。こういう反応が素直でかわいいというのだ。
「俺とあいつの、決定的な違い」
「それは…ききとうござる」
興をそそられたのだろう、正面からじっと政宗を見つめる幸村の視線がまぶしい。ひたむきな瞳だ。大きくて黒目勝ちな瞳は子犬を思わせる。


「あいつにあんたは必要ないが、俺にはあんたが必要だ、真田幸村」


「!」
そっと、耳元で。意識して甘い声でささやく。ついでにちゅ、と耳元に口付けた。

すでに宴も酣(たけなわ)となっているこの大広間。隅のほうで行われている二人のやりとりなど気にするものはいない。それでも普段ならばそれなりに人目を気にするのだが、政宗も酔っているのだろう、いつになく大胆だ。
「あいつらはほっといて、俺の部屋に来ないか?」

非常に珍しい政宗からの誘いに幸村が顔を赤くしたのは一瞬で、すぐさま獰猛な雄の目をすると杯に残っていた酒を干して立ち上がった。

「参りましょう」
幸村が手を差し伸べる。酔いのためばかりではなく目元を赤く染めた政宗はおとなしくその手を借りて立ち上がり、先導するように先に立って大広間を出た。それに続いて大広間を出る前、幸村はふと振り返った。
(長宗我部殿)

元親と目が合う。酒を持った手とは逆の手でひらひらと幸村に向かって手をふりながら笑っている。きっと彼には二人が今からどこに行くのかお見通しなのであろう。早々に政宗のそばから離れたのも彼なりの気遣いだったのかもしれない。
幸村もわずかに微笑み返し、一礼してから大広間を出た。

政宗と仲がよいため気に食わない相手であったが、もともと人に悪感情を抱くことの少ない幸村のことである。当の政宗にあんなことを言われては元親に嫉妬し続けるのも馬鹿らしいし、嫉妬心さえなくなれば政宗によく似た性質の元親をきらいになる理由がない。
廊下で幸村を待っていた政宗の手をとると、幸村は上機嫌で政宗の耳元にささやいた。



「お慕いしております、政宗殿。今宵は寝かせませぬゆえ御覚悟を」




宴も酣(たけなわ)







その決定的な違いは小さいけれど大きな違い
9.22〜11.1 web拍手お礼文




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