残念なお知らせです。
まことに遺憾ながら、奥州の独眼竜は恋に落ちました。
本当に、残念なお知らせです。
しかしどうやら独眼竜はまだその事実を認めていないもよう。まだチャンスは残っています。日ノ本各地の武将たちよ、諦めるにはまだ早い。擦れた言動とは裏腹に純粋培養されている独眼竜は恋の何たるかを知らず、愛をおそれるばかり。今ならまだ奪えます。彼自身まだ気づいていないよういな淡い恋心です。叩き潰すなら、今。様子見なんて悠長なことは言ってられません。竜が欲しいのならば速やかに行動に移すべし。
…っと、おや?
んん?
あららららー?
あれに見えるは我等が麗しき独眼竜と彼に迫る紅蓮の鬼、甲斐の虎若子こと真田幸村ではありませんか。
緊急事態
緊急事態
独眼竜殿、ただちに避難せよ。
竜に恋慕するものども、ただちに出会え。
我等の最大のライバル、目の上のたんこぶ、竜の恋する相手、つまりは真田幸村が独眼竜に迫っています。
逃げて。逃げて。
お得意のへそ曲がりでその男を突き飛ばして、蹴り飛ばして、怒鳴りつけておやりなさいな。何ゆえ顔を赤くして生娘のように身を固くしておられるのですか。逃げてください。その思いを恋とは認めていないくせに、どうしてその腕を拒まないのですか。どうして降ってくる唇に目蓋を下ろすのですか。
あ。
ああ。
あああーっ!
独眼竜の麗しき唇が焼け付くような赤に奪われました。これは一大事。者ども出会え。
この国の一番の宝が奪われました。下手人は明確です。さあ、不届き者に制裁を。
「真田…」
唇が離れてとろけた瞳で至近距離で見詰め合って。
はっと我に返ったように赤虎の腕から逃れようとするけれど、残念ながら捕らえた獲物をむざと逃がすほど粗忽者ではない肉食獣は日ごろの口癖を忘れたようにしっかりと視線を会わせて愛の言葉をささやいて抱きしめてくちづける。
「ふ、ぅん…っ、あ…」
ぴちゃぴちゃといやらしく水音を立てながらむさぼるキスにとろりと理性ごと心の氷を溶かされて、いつしか竜の白い腕(かいな)は虎の背に。
嗚呼、何たること。
どうやら我々は竜の救出、強奪に失敗したようです。
しかしそれも仕方のないことでしょう。何せ、竜は虎の腕がつくった袋小路に自ら追い詰められ、捕らわれたのですから。見てください。あの恥ずかしそうにしながらもなんともいえず幸福そうなはにかんだ笑顔を。
「ゆきむら」
自覚したばかりの恋心。できたての恋人を呼ぶ甘い甘い声。
まったく、かなわない。
どうかそんなに見せ付けてくれなさるな。
最優先事項は竜の幸福
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