笑っていて欲しいのです。
幸せでいて欲しいのです。

そして、叶うのなら、あなたの求める未来に、ともに生きたかったのです。




どうか、どこまでも





敵同士。
なればこそ我らは刃を重ね、魂を燃やしてあのように戦うことができた。

敵同士。
なればこそ我らは互いを知り、誰よりも深く求め合うことができた。

敵同士。
なればこそ我らはともにある未来を望むことができなかった。


「旦那、もうすぐ始まる」
言葉すくなにそう告げた忍にうなずき返し、手にすっかり馴染んだ二槍に手を伸ばす。
「これが、最後のいくさになるな」
「…うん」

最後のいくさ。
天下を決してから幾年か経ち、それでもまだ収まらない天下を沈め、全国にその力を知らしめるための、いうなればこれは生贄。
日本中の兵を動員する大規模ないくさでありながら、結果など目に見て明らかだ。
幸村の属する軍は、万が一にも勝ち目などない。
それでも、譲れないものがあったから。

きっと、今からでもあちらの陣へ行けば生きながらえることは不可能ではない。
時の権力者に疎まれているとはいえ、その右腕とも呼べる場所に位置している伊達政宗は幸村と懇意であったし、あちらには兄もいる。

それでも、そうまでして永らえるべき命を幸村は持っていなかった。
己の信念を断ち切ってまで守るべきものを幸村は持っていなかった。

だから。

「これが、最期のいくさだ」




槍を、ふるう。
人を、殺す。
そうして、ほんのわずかな時間作られる命の猶予。

数多の血にまみれながら、それでもこの赤い世界で求める色はたったひとつ。


「早く、来てくだされ」
政宗殿。


また一人の兵の首を薙ぎながら、ぽつりとつぶやく。

いつだって、我を失い血に酔う幸村を正気に戻すのは青い竜だった。
いつだって、まぶしいほどの覇気を以って萎えた魂をもう一度奮い立たせた。

埃と血と泥にまみれた戦場での出会い以来、あの鮮烈なまでの青を、幸村はただの一度も見逃したりはしなかった。

だから、槍をふるいながら、あの人を待つ。
きっと、あの人は来る。
この命を、魂を、攫うために。


ぞくり、と。
肌があわ立つほどの覇気を感じる。
(この時を、待っていた)


「待たせたな、真田幸村」
むせ返るほどの血のにおい。
あたりに、立っている人影などひとつしかない。
「はい。お久しゅうござりますな、独眼竜…政宗殿」
数え切れぬほどの屍の山。
目の前にあらわれたのは、待ち焦がれた人。
独眼竜、伊達政宗。
鮮やかに青い陣羽織が血に汚れているのを残念に思った。
赤を好む幸村であったが、あの青はとても好きだった。
「俺たちは、あまりにも時間をかけすぎた。これが、last danceだ。Curtain callはもういらねえ」
一刀だけ抜いた切っ先をまっすぐにこちらに向け、出会ったころから変わらない強い瞳で幸村を見据える。
たった一つしかない瞳は、それでも誰よりも強い光をもって幸村を射抜く。
この光に、魅了されたのだ。
求めずには、いられなかった。
欲しいと、思った。
「どうか、決着を。終わらない戦いに終止符を」
槍を構え、その瞳に負けぬよう、まっすぐに顔を上げる。

目が、合う。
その人が不敵に笑う。
場違いにも、泣きたくなるほどの幸福を覚えた。



「「いざ!!!」」






これが、最後。
これで、最期。
某は、もう、あなたのゆく様を見ることは叶いませぬが。

どうか、笑っていて欲しいのです。
どうか、幸せでいて欲しいのです。


そして、叶うのなら、あなたの求める未来を、ともに見たかったのです。


(これほどまでに互いを求めたこの想いを、いくさばの熱にごまかすことしか俺たちにはできなかったけれど)










それでも、あなたに出会えてよかった。



BACK