「好きです」






告げられた言葉に、どうするべきか考えるよりも先に俺は逃げていた。







「伊達先輩!」
「Shit!なんで追いかけて来るんだよ!!」
「先輩が逃げるからでござる!」
「うるさい黙れ、house!」
「某は犬ではござらん!!」





状況はあまりにもベタだ。
部活の後、話があるからちょっと待っていて欲しいといわれて二つ返事でうなずいた俺はやけに真剣な顔をした後輩にいきなり抱きしめられてキスをされて好きだと言われた。



俺に告白をかましたのは2つ年下の剣道部の後輩で名前は真田幸村という。やたら素直で人懐こくて、犬みたいに俺になついてくるもんだから、なんだかかわいくていろいろ面倒を見てやったのが悪かったのだろうか。
飼い犬に手をかまれた気分だ。

気を許しすぎたのだろうか。
確かに、俺にしては珍しいほどにこの後輩を気に入っていた。
請われるままに練習後も居残って稽古をつけてやったり、映画のチケットがあまっているからと誘われるままに休日に噴水前で待ち合わせて映画を見てその後に一緒に飯食ったり、英語がわからんとか言うから教えてやったり、今日は家のものが留守にしていて晩飯を一人でなんとかしなきゃいけないなんて言うからうちに来いよとか誘って手料理をくわせてやったりした。
年下らしく甘えてくるのがうれしくもあったし、こいつと一緒なら素のままでいられて楽だったし、なんとなく居心地がよかったからだ。あの言葉よりも雄弁な瞳でじっと見られると断るなんてできなかったし、ちっちゃな我侭をかなえてやった瞬間にぱっと喜びに輝く様が、とても気に入っていた。



でも、だからといって!



そりゃあ、俺だって幸村のことは好きだ。でも、それはあくまで先輩としてかわいい後輩を気に入っている、っていう程度のものだ。
だから、真剣な顔で俺に向き合う出会ったころよりも少し成長した実は端整な幸村に少しだけどきっとしたことも、抱きしめられた腕の強さが心地いいと思ったことも、突如重ねられた唇に嫌悪なんて微塵も感じなかったことも、告げられた言葉をうれしく思ったなんてことも、全部、気のせいなんだ!



「待ってくだされ、伊達先輩!」
思っていたよりも声が近いことにあせる。狭い校舎の中、同じところを何度も回っている端から見れば滑稽極まりない鬼ごっこ。
(待てといわれて待ってやるほど俺は優しくねえんだよ!)
すでに怒鳴り返す余裕もなくなっていた。
「伊達先輩……政宗さん!!!」



「!!?!!!??」



足がもつれた。
転びそうになるのをなんとか体勢を建て直そうとしている間に追いついた幸村の腕に閉じ込められた。

「は、放せ…っ!」
「放しませぬ」
「放せって言ってるだろ!」
「いやです、と言っておるのです。…政宗さん、そんなに某のことが嫌いですか?」

びくり、と身体が震えたのは、断じて耳元でささやかれた声にどきどきしてしまったわけではない。ましてや、名前を呼ばれてときめいたなんて…そんなことは、ない。

「そ、それ…」
「政宗さん」
「やめろ、それ…」
「なぜ?」
「なぜって…」

さっきから、幸村が耳元でささやくたびに吐息が耳にかかって、ぞくぞくする。全身から力が抜けて、俺を抱きしめる幸村の腕のおかげでかろうじて立っている情けない状態だ。まったくcoolじゃない。

「耳が弱いのですか?」
「違え!おまえの声が…って、違っ!」
「某の、声に弱いのでござるか」
「違うって言ってるだろ!」

ああもう、何か泣きそうだ。
さっきから心臓がばくばくいってて、もうこれで死ねるんじゃないかってくらいうるさい。
熱血馬鹿で猪突猛進なくせに、どうしてこんなに余裕綽々で俺を追い詰めるんだ。普段は女子のスカートのすそが短いだけで破廉恥とか言って顔を真っ赤にしてるくせに、ガキみたいに無邪気に笑って団子食ってるくせに、どうして今ばっかりは一人前の男の顔して俺に迫るんだ。
もう、逃げられないじゃないか。

「好きです、伊達せんぱ…政宗さん。初めてあなたを見た日から、ずっとお慕いしておりました」

耳元でささやくな、名前で呼ぶな、俺をこれ以上追い詰めるな!

「政宗さんが、好きです。どうか…返事を、いただきたい」

抱きしめていた腕を緩めて、幸村がゆっくりと俺の顔を覗き込んで驚いたように目を開く。
「顔が真っ赤でござる…」
「shut up!も、黙れ…。っつーか、わけわかんねぇし!」


頭の中がぐちゃぐちゃだ。
どうすればいいんだ。
どうすれば、このドキドキがとまるんだ。


「いきなり人にキスしやがるし、好きとか言いやがるし、逃げてもおっかけてくるし、名前呼ぶし、放してくれないし、なんかさっきからすっげードキドキして止まんないし、おまえもいつもと違うし!」

情けないと思いつつも視界がじんわりとにじんできた。
一気に叫んで、きっとにらみつけるけれど、幸村はこれ以上ないほどに相好を崩して俺を見つめていた。

「政宗さん」
「Don't call my name!」
「某、英語はわかりませぬ。…政宗さんは、某にキスされるのがいやでござったか?」
幸村の目は真剣でまっすぐで、嘘をつくことを許さない。
それでも、口にするのは恥ずかしくて、小さく首を横に振る。
「今、こうして抱きしめられていることは」
もう一度。
「では、ほかの者にキスされるたらどう感じるでござろうか」
「…いやだ」
「某が、ほかの者にキスをするのは」
「いやだ!」

考えるより先に叫んで、はっとする。
蕩けそうな笑顔を浮かべた幸村が俺を見つめている。

(はめられた!)

後悔するより先に、もう一度抱き寄せられて、またキスをされた。

「ん…っ、…ぁ」

さっきのキスとは違って、今度は舌を絡められて吸われて、膝がガクガクするような濃いやつ。

「好きです、政宗さん」

唇が離れて、キスの余韻でくらくらしている間に至近距離で吐息に乗せるようにそっとささやかれて、さらにくらくらしながら俺はもう逃げられないと観念して幸村の背に腕を回した。









君が好きなのさ

ようやく捕まえた。もう放しませぬゆえお覚悟を。



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