校則はゆるい。
そもそも、まじめに校則を守るようなタイプではない。
それでも、どうしてもピアスホールを開ける気にはなれなかった。
ピアス
日曜日。
人でごったがえすアーケード街。
当初の目的であったスポーツ用品店でそれぞれに目的のものを手にいれ、なんとなく二人で歩いていたら、ふと政宗殿が足をとめた。何かあったのだろうか、と視線をむけると趣味のよさそうなアクセサリーショップがあった。
「見ていきますか?」
「Ah-、悪い。ちょっとだけ…いいか?」
「はい」
店内には、男性も女性もほどよくいた。装飾品にはさして興味もないが悪くない、と思う。
(ああ、この色は政宗殿によく似合いそうだ)
自分で身につけるよりもむしろ政宗殿に贈って差し上げたい。
(政宗殿なら、金よりも銀のほうがお似合いになる。そして、青は政宗殿の色だから。銀の鎖に青い石…)
きっと、よく似合う。
いつか、こんなところにあるよりももっと美しい青い石の装飾品を政宗殿に贈りたい。贈っても許される関係になりたい。
政宗殿はどこにいったのであろう。
きょろり、と店内を見渡すとすぐに見つかった。昔からかわらずこの目はあの人だけは逃さずに捕らえる。
「政宗殿、熱心に何を見てらっしゃるのですか?」
そっと近づいて彼が見ているものを覗き込むと、そこにはピアスがあった。
「幸村」
「ピアス、ですか」
決まり悪げに視線をそらす政宗殿の手の中には2つのピアス。
赤い石と、青い石。
「…きれい、だったから」
言い訳するように手を伸ばしてもとの場所に戻そうとするのをさえぎってピアスの入った小さな袋を手にとる。
赤い石に金の金具、青い石に銀の金具。
「政宗殿には、青のほうが似合いますな」
そう言って笑うと、政宗殿はthanksと言いながらも俺の手からピアスを取り上げてもとの場所に戻した。
「もういい、行こう」
どこかの店でお茶でもしようか、という話になったけれど休日のこの時間にはそうそう入れる店がない。
しかたなく、その辺で買ったコーヒーを片手に人気のない公園のベンチに並んで座った。
「はぁ、…あんだけ人がいると、それだけで疲れるな」
「まったくでござる」
しばらく、黙ったままそれぞれにのどを潤した。
「ピアス、な」
ぽつりと、独り言のように政宗殿がつぶやいた。
「きれいだと思うし、正直、憧れはあるんだ」
「はい」
「あけてみたい、とも思う」
「はい」
「でも…」
そっと、紙コップを持ったのとは別の手で右目を押さえる。今生でも失われた彼の右目。
「ふんぎりがつかないんだ」
まだ、とらわれてる。
悲しそうな瞳。つらそうに伏せられた長いまつげ。
「『親からもらった目をなくすとは、なんて不孝者』今も、昔も。母上はそう言って俺をなじったから」
親からもらったこの身体にわざわざ穴を開ける、という行為をどうしてもできないでいる。
「…」
「まだ、わすれられない」
この人は。
俺から見れば凡そ完璧とも見えるほどにすばらしい人なのに、どうして今も昔も過去にとらわれてしまうのだろう。
(たとえ誰が認めずとも、あなた自身が己を否定しようとも、俺はあなたのすべてがいとしいというのに)
「…いつか」
そっと、右目を抑えた手をはずして顔を覗き込む。そのままつかんだ手をぎゅっと握り締めながらもう一方の手を彼の左耳に伸ばす。さらり、と髪がこぼれて頬にかかる。
「政宗殿がピアスをあける決心をしたのなら、そのときは、某はそなたに青い石のとびきり美しいピアスを贈りましょう」
驚いたように開かれる目。
その隻眼に俺だけが映っていることに幸福を覚えた。
(いつだってそうだ。初めて会ったあのときから、その瞳に映すだけで俺を幸福にしてくれるのはあなただけだ)
「…Thanks」
ふわり、と笑う。前世で時折見せたそれよりもずいぶん柔らかい笑み。
「いつか、そのときには俺もあんたに赤いピアスを贈ってやるよ」
さっきの赤いヤツ、あんたに似合いそうだと思ってみてたんだ。
「いきなりヘンな話して悪かったな」
どこかすっきりした顔でそう言って立ち上がる政宗殿に釣られて俺も立ち上がる。
そして、また目的もなく歩き出した。
「いえ」
話してくれたのくれたのが、ひどく嬉しい。
心を許されているみたいだ。
向き合って刃を重ねるばかりの過去。
隣に並び立ち、他愛のない話を繰り返す現在。
穏やかな時間がとても大切だ。
「なんか、あんたにだったら話してもいいかと思ったんだ。…いや、むしろ、あんたに聞いて欲しかった」
抱きしめたい、と思った。
その笑顔があまりにもいとおしくて、たまらなく抱きしめたかった。
だけれども。
今は、まだ、それを許される関係じゃない。
いつか、いつか必ず。
「それは、至極光栄にござりますな」
思わず伸ばしそうになる手を無理やり押さえつけて、にっこりと笑って見せれば照れたように顔をそむける。
しかし、髪の間からのぞく耳は真っ赤になっていて、やはりいとおしくてたまらなかった。
君がそばにいるのなら、それもきっと遠くない未来
9.22〜11.1 web拍手お礼文
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