「ほら、やるよ」
朝の挨拶もそこそこに押し付けられたコンビニエンスストアのビニル袋。いったい何事かと目をぱちくり瞬かせれば、ゆるりとした苦笑とともに頭を撫でられた。
「昨日、悪かったな」
「昨日…?」
どうして謝られたのか、と首をかしげるよりも先に彼が口を開いた。
「あんた、欲しかったんだってな」
その言葉に、ぶわっと顔が熱くなるのがわかった。
今日は、2月15日。つまり、昨日、某が欲しかったもの、というのは。
「今までValentineに誰かにチョコなんてやったことなかったから、あんたにやるっつー発想がなかった。がっかりさせちまったな…Sorry」
「な、な、なぜ、そのこと、を…政宗殿、が…」
「あんたが落ち込んでたって猿飛にきいた。来る途中に会ってな。…急いで用意したからこんなんにっちまった」
少ししょんぼりした風に言われて、今更ながらに渡されたコンビニの袋の中を覗き込めば、赤いリボンのかかった箱。“Happy Valentine!”と書かれたシールの横に、大きく20% OFFのシールがはってあって、いかにもバレンタインの翌日といった感じがした。
別に、手作りにこだわるつもりはない。確かに、政宗は料理がとても上手で、彼の作ってくれるご飯もおやつも幸村の好物だ。だから市販のチョコよりも確実に政宗の手作りの何某かのもののほうがおいしいし、嬉しい。
だけど、手作りかそうでないかなんて、些細なことで。
「某、こんなにもバレンタインにチョコレートをいただいて嬉しいと思ったことはついぞ記憶にござりませぬ!!」
政宗がくれた、それがただ嬉しくて満面の笑みを浮かべて断言すると、少し目を瞠った政宗がそっと視線をずらした。
「…」
「政宗殿?」
「大げさなんだよ、あんたは。いちいち…」
恥ずかしいだろ、と小さくつぶやく政宗がいとしくて、いとしくて。どうにかなりそうだと思った。
それと同時に、とても申し訳ない気持ちになる。
政宗がバレンタインにチョコレートを贈る発想がなかったのは、政宗が、男だからだ。それと同様に男である幸村も、自分がチョコレートをあげるという考えはなかった。自分だって用意していなかったのに、政宗にもらえずに落ち込んだ自分の身勝手さが恥ずかしい。政宗を女扱いするつもりなど毛頭ないのに、くれて当然だと思っていた自分の思い上がりに腹が立つ。
けれどそれと同時に、佐助がおそらく何気なくだろうこぼした言葉にすぐに反応して急いで用意してくれた政宗の気持ちがとても嬉しい。
「政宗殿」
「Ah-?」
「その、某、…政宗殿にチョコをいただけたのは非常に嬉しいのでござるが、某とて、用意しておらなんだのに、その、…自分ばかり欲しがってしまって…」
チョコレートを用意してくれた政宗の気持ちが嬉しい。それと同時に、自分が恥ずかしい。たかがチョコレート、されどチョコレート。政宗がくれたこのチョコレートは幸村をこの上なく幸せな気持ちにしてくれた。20%OFFのコンビニチョコレートでも、これは14日に渡される手作りチョコと同じだけの思いがつまっているのだから。
自分も用意すればよかった、と幸村は後悔する。自分も政宗にチョコレートを用意するべきだった。そうしたら、この幸福を政宗に贈ることができたのに。そんな思いが後悔となってうつむいてしまった幸村をじっと見ていた政宗が、おもむろに手を伸ばし、指で額をはじいた。所謂デコピンだ。
「っっっ!」
「あんた、俺のチョコ、嬉しかったんだろ」
容赦のない痛みに反射的に幸村が顔を上げると、満足そうに微笑む政宗がいた。
「勿論にござります!だが、だからこそ…」
「なら、それでいいんだよ」
「しかし…」
「来年は、ちゃんと14日に、交換な?次はちゃんと手作りの用意してやるから、期待してろよ」
「!はいっ」
「それに、その前に…来月、ちゃんとくれるんだろ?三倍返し、ってやつ」
そう言って笑う政宗はなんとも言えず男前で、いとしくて。戯れるように幸村の手に触れる政宗のそれをしっかり握り締めて、幸村は満面の笑みを浮かべた。
幸村の屈託を一瞬で吹き飛ばし、更にはさりげなく来年の約束までくれた。この人には本当にかなわない、と幸せな気分で思った。
「勿論にござります。…政宗殿」
「ん?」
「楽しみに、待っていてくだされ」
「おう」
この人につりあう人間になりたい。そう思いながら告げた言葉。思いがけず真剣な幸村のまなざしに一瞬驚いたように目を瞠った政宗は、ほんの少しだけ赤くなって、幸村の手を握り返しながら楽しそうに笑ってうなずいた。
2月15日、朝、教室にて
(いつになったら気づいてくれるのかな、先生がHR始めたそうにしてるって)
2011年、バレンタイン記念
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