・現代
・転生(政宗のみ記憶有)
・政宗…高校二年生、剣道部副将
・幸村…高校一年生
・春四月、幸村の入学式にて








一目で彼だとわかった。
こみ上げる歓喜と狂おしいまでの恋情のままにその名を呼ぼうとして、けれど政宗が何も言えなかったのは幸村の瞳にうつるのが今の自分だけなのだと気づいたからだ。
そして、理解した。400年も昔の記憶を大事に抱えたまま邂逅するその瞬間を待ちわびていたのは自分だけなのだ、と。
もし記憶を持っているのなら、あの直情型の男が政宗を見て叫んだり抱きついたりといった反応をしないわけがないのだ。



月やあらぬ



政宗の所属する剣道部は新入生の胸に花をつける仕事を分担されており、学年が上がったとはいえ未だ新入部員の加わらない部活では二年生というのは実質的には下っ端であることに変わりはなく、当然ながらこのような面倒な雑事は押し付けられる。とはいうものの決して少なくはない部員の全員がこの仕事に当たるわけではなく、運の悪い数名が借り出されるわけなのだが、顔がいいという理由で政宗は運悪く抜擢されてしまい、何人もの新入生の左胸に花を飾っていた。真新しい制服に身を包み、緊張でガチガチになった新入生たちは顔を赤くしながら左胸の花とお決まりの台詞である「入学おめでとう」ということばを受け取っていく。
そして、幸村もそんな新入生の一人だった。





「あ、あのっ!」

全員参加が義務付けられている入学式を終え、部活のミーティングが終わる頃には各教室で行われていた一年生のクラスごとのホームルームも終わり始めた頃で、下校する生徒たちがあふれているのを見て人の多いのを好まない政宗は人がはけたら帰ろう、と満開の桜の下で本を読んでいれば声が聞こえた。

記憶よりも幼くあどけない印象を受けるが聞き間違えるはずがない。
勢いよく顔を上げれば、想像どおりの人物が顔を真っ赤にしてそこに立っており、政宗は驚きに軽く目を瞠った。

「け、今朝…花をつけてくださった、先輩…ですよね。その、花をつけてくださったのは、剣道部の方だと聞いて、その…えっと…そ、某、剣道部に入りたく存じまして、だから、ええと…」

真っ赤になってしどろもどろにことばをつむぐ幸村に政宗はふっと笑った。
今朝、緊張してがちがちになっていたくせに花をつけただけの名前も知らない先輩を覚えていたのか。しかも、誰に聞いたのだか剣道部だという情報まで手に入れて。たまたま見かけただけなのだろうが、他の新入生が親や、できたばかりの友人と肩を並べているであろうこのときに、わざわざ政宗に会いに来たのか。
政宗を、見つけてくれたのか。

「…」
驚きとも喜びともつかぬ感情に胸を満たされるまま、ぽかんと幸村を見つめていたら、赤い顔をさらに赤くした。
「あ!名も名乗らず、失礼つかまつりました。某、真田幸村と申しまする!」
緊張のためだろう、声が大きい。
現代にはひどくそぐわない一人称と言葉遣い。けれどそれはかつての彼そのままで、政宗にとっては懐かしくもいとおしい。真っ直ぐに人の目を見て話すところも、人房だけ伸ばした尻尾のような後ろ髪も、髪の色も瞳の色も。すべて、あのころと同じだ。
「…剣道部副将の、伊達政宗だ」
これからよろしくな、真田幸村。
こみ上げる喜びのまま笑いかけ、ついでに幸村の頭を撫でてくしゃくしゃにした。

「わ、わ、わ…、……っ」
政宗の手がようやくはなれ顔を上げた幸村は、政宗が満面に浮かべた心底嬉しそうな笑顔に見惚れ、固まってしまったがそんなことには気づかない政宗は読んでいた本を閉じて上機嫌で立ち上がる。
「真田、これからヒマか?時間があったら、その辺に飯でも食いにいかないか?入学と入部祝いになんかおごってやるよ。あ、入部届けはまた今度渡すから暇なときにでも部室に来い」
「あ、は、はい!」
にこにこと機嫌よさそうに話しながら歩き始めた政宗に幸村も慌てて並ぶ。
(なんというか…おかわいらしい、方だ…)
自分より5、6センチも背が高くて、均整のとれた身体は細身ではあるものの身のこなしが武道をするもののそれであることから、きっときれいに筋肉がついているのであろうことがうかがえる。きれいな顔立ちは整っているが決して女性的ではなく、同じ男の目から見てもかっこいい。
けれど、なぜだか嬉しそうに笑う顔がとてもかわいらしく思えて、不謹慎だとか破廉恥だとか自分を戒めつつも、そう思わずにはいられなくて。
そんな自分を不思議に思いつつも幸村は政宗に見蕩れずにはいられなかった。





「すっかり遅くなっちまって悪かったな」
学校からほど近いところにあるファミレスに入り昼食をとった二人はドリンクバーを最大限に利用して、結局夕暮れまで居座り続けてしまったのだ。
「いえ、気にしないでくだされ、政宗先輩。こちらのほうこそ、図々しくもご馳走していただきまいて…」
「それこそ気にするんじゃねえ。言い出したのは俺のほうなんだ。…でも、他のヤツラには内緒な」
「はい、もちろん」
「Good boy、幸村。またいつかおごってやるよ」
その結果として、アドレスの交換はもちろんのこと、互いに名前で呼び、明日の昼は一緒に食べ、ついでに今度の日曜には一緒に出かける約束までしたのだ。

「では、某はこれで失礼いたしまする」
「ああ、bye、幸村。また明日な」
「あ」
「幸村?どうした」
手を振ってまさに分かれようとしたところで、唐突にこぼれた声に不思議に思って首を傾げれば、幸村は嬉しそうに笑った。
「今宵は…」
「?」
「とても月がきれいでござる」
子どものように無邪気に嬉しそうにそう告げる幸村に政宗も微笑む。
「ああ、そうだな。…月が、とてもきれいだな」
満開の桜を月明かりが照らしている。月見と花見を同時に楽しめるなんて贅沢な話だ、と笑う政宗に幸村も心から同意をする。
そういえば、遠い昔にも同じように花を、月をともに見た。
二人のいる場所も、立場も、身分も。かつてと同じものなどないのだが、それでも、花や月を見て美しいと思う心だけは変わらない。美しいものを美しいと思う気持ちは変わらない。同じものを見て同じように美しいとよろこぶことができる。それが、なんとなく嬉しかった。

「…月やあらぬ、か」
「?何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもねえ。…そろそろ帰らないとな。また明日、な」
「はい、また明日会うのを楽しみにしております。では、失礼します!」
去ってゆく幸村の尻尾のような髪を懐かしく眺めながら、政宗は自分が言いようもなく満たされていることに気づいていた。

政宗のことを知らない覚えていない幸村を目にして、変わっていないのは、変われないのは自分だけなのだと思った。
だが、そうではないのだ。変わらないのは、幸村も同じだったのだ。
何も変わらない。
今は戦乱の世などではなく、幸村は前世の記憶がない。
政宗は奥州筆頭ではなく、幸村は武田が一番槍ではない。
だが、本当にそれだけなのだ。
あの真っ直ぐな気性も眼差しも笑い方も声も、何もかも。すべて“幸村”のままだ。政宗が愛した彼そのままなのだ。
「待ってろよ、真田幸村。すぐに、また俺に惚れさせてやるよ」
ゆっくりと家路をゆきながら、月を眺めて口の端を緩める。そうだ、何度だってあいつをおとしてやる。先にそれを望んだのは、かつてのあいつだ。
はなしてなんか、やらない。





『生まれ変わっても、きっと某は政宗殿を愛しましょうぞ。たとえ今この時を思い出せなくなろうとも、きっと某は政宗殿を見つけ出し、そして愛しまする。否、愛さずにはいられませぬ。某が唯一心から愛した御仁だ。きっと、来世でも、その先までも、ずっと某は、政宗殿を――』





月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身一つは もとの身にして (古今集巻15、恋歌5 747 在原業平朝臣)




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