ガトーショコラ





「こ、これ…」
あからさまに顔を背けながらぶっきらぼうに突き出された小さな包み。それは彼らしい水色の袋に茶色のリボンがかかった、かわいらしいながらもおとなしくシンプルなもので。
2月14日という今日の日付をふまえれば、考えるまでもなくこの包みの中身の正体がわかるというもの。
「ありがとう、伊達ちゃん」
前々から気になっていた相手からのチョコレート。やばい、嬉しい、顔がにやける。にやけ面をごまかして満面の笑みでお礼。
「べ、別に、おまえのためとかじゃないんだからな。その…バレンタインなのに、チョコもらえなかったらかわいそうだしっ。…つ、ついで、だからっ」

え、なにこの子。顔赤くしちゃって。いつもの勝気が嘘のように恥ずかしげに。
これって、もしかしてもしかしちゃう?
あまりにもテンプレートなツンデレっぷりににやけがとまらない。
「ねえ、伊達ちゃん―」
「ゆきむらっ!」

ここでいっちょ告白して放課後デートに持ち込もう、と口を開いたら。
そのタイミングで教室にはいってきた人物に伊達ちゃんの視線が釘付けになる。ついでに、今まさに告白しようとしていた俺をほっぽりだしてそっちに駆けていっちゃう始末。
「政宗殿」
「ゆきっ、その、これ…。今日、バレンタインだろ?」
はにかみながら伊達ちゃんがおずおずと取り出したのは紅色の包装紙にひかえめな金色のリボンがかけられた小箱。
「え?」
あきらかに、俺に渡したものより丁寧な包装。大きな包み。

「ゆきのためにつくったんだ。…受け取ってくれるか?」
恥ずかしそうに頬を染めて、旦那の様子を伺うように上目遣い。何、そのかわいい態度。ツンデレじゃなかったの?デレ全開ですか。
「政宗殿…某のために?」
差し出された小箱を受け取りながら感極まったようにわずかにかすれた旦那の声、こくんと小さくうなずく伊達ちゃん。制服のスカートをぎゅっと握って、意を決したように顔を上げて旦那を見つめる。目が合ったのだろう、赤かった顔をさらに赤くして。
「俺…、その…ゆき、幸村のことが…えっと………すき、なんだ」
普段の堂々とした物言いが嘘のように口ごもりながら、小さな声で。でも、そこには万感の思いが込められているのだとすぐにわかるような声。

「政宗殿…っ!」
そんな伊達ちゃんのかわいらしい愛の告白に感極まった旦那が、手にした小箱を傾けないように気をつけながらも勢いよく伊達ちゃんを抱きしめる。
「ゆ、ゆきっ!?」
そんな旦那の反応にますます真っ赤になった伊達ちゃんはだんなの腕の中きょどきょどしながらも、耳まで真っ赤にしちゃって。かわいいことこの上ない。普段は豹のようなしなやかさと猛禽類の眼差しを持つ迫力系美人さんなのに、今は小動物のようなかわいらしさだ。
「某も…ずっと、お慕いしておりました。政宗殿」
伊達ちゃんを抱きしめながら耳元でささやき、ついでにこめかみにキス。
(…普段、破廉恥破廉恥うるさいくせに、旦那が一番破廉恥じゃんか!)
心底幸せそうな横顔が恨めしい。肩透かしを食らわされた挙句、片思いの相手と幼馴染の告白劇を見せられた俺は不機嫌にじとっと旦那をにらみつけるが、完璧に無視される。ついでにどっか行けオーラまで感じ取ってしまって、ため息をつきながらかばんを手にしてさっさと退散する。


(「おまえのためじゃないからな」って、ツンデレとかじゃなくて、まんま事実だったわけね)
顔が赤かったのは、俺が相手だからじゃなくて、もうすぐあらわれるであろう旦那を待っていたからで。
(まぎらわしー)
教室を出る寸前、伊達ちゃんに口付けていた旦那と、真っ赤な顔で、でも心底幸せそうに口付けを受けていた伊達ちゃんがちらっと見えた。
大事な二人が幸せになるのは嬉しいが、それはそれ。
(あの二人、絶対にバカップルになるよなー。そしたら被害受けるのは俺様だよねー。…はあ、癒しがほしい)
淡い恋心が敗れて深いため息。
(俺様も彼女欲しいなー)
とぼとぼと廊下を去っていく佐助の背中には深い哀愁。


けれど、そんなもの、教室の中でいちゃつくできあがったばかりのカップルには関係なくて。
「ゆき…」
「政宗殿…」
あまりの幸福に感極まったためか口付けの余韻のためか目元を潤ませ、少し落ち着いたものの未だ頬を赤くしたままの政宗をひざの上に乗せ、もらったばかりのガトーショコラを手ずから食べさせてもらう幸村は幸福いっぱいの笑顔。
教室にわずかに残っていたクラスメートが耐え切れずに逃げ出したことにも気づいていない。
「まっことおいしゅうございます、政宗殿」
「ほ、ほんとか?幸村、甘いのが好きだから少し甘めに作ってみたんだ」
「某、かように美味なるガトーショコラは初めて食べまいた」
「…嬉しい」
「美しく聡明で、料理までできてしまうとは、政宗殿は某にはもったいないほどのお方だ」
「そんな…ゆきこそ、かっこいいし明るいし優しいし…ッ、ん…」
「政宗殿…」
延々と惚気あう恋人たち。時折、政宗のかわいらしさに耐え切れなくなった幸村が口付けてその口を塞いで。


ガトーショコラよりも甘く濃厚な二人の愛に、いっそ胸焼けしてしまいそう。




ふたりのせかいをじゃまするものなんてどこにもいないの。(教室でいちゃつくなー!)
2010年 VD




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