織田をこのまま捨て置くことはできない。
天下布武を唱え、着々と勢力を伸ばしてきている織田を討つため、上杉・武田・伊達の三勢力は同盟を結んだ。各々天下を目指す身ではあり普段は対立しているものの、此度は織田に天下を渡すわけにはいかない、ということで考えが一致し協力し合うことになったのだ。
「っつーわけで、あんたとの決着もおあずけだな」
「むむ…」
同盟のためとはいえ伊達政宗が甲州に滞在しており、会って手合わせすることを心待ちにしていた真田幸村は政宗の言葉に眉をひそめた。
「しょーがねーだろ。俺とあんたがやりあえばどっちも無傷では済まないし、だからといってあんたと手加減しながらやりあうっつーのはもっとごめんだ」
「確かに、それはそうであるが…だが、…むう」
それでも不服そうにむくれる幸村に、政宗は目元を和らげた。
「Hey、そんな顔すんなよboy。それより街を案内してくれないか?甲斐に来るのは初めてなんだ」
「おお、御館様の治める甲斐の国をとくとごらん下され。某でよければいくらでも案内仕りましょう。ああ、そうだ。政宗殿は甘味は苦手でござるか?」
「好きっつーほどじゃねえが…甘いもんはきらいじゃねえよ」
「では、街からは離れてしまうがぜひ某おすすめの茶屋にもお連れしたい」
「OK,楽しみにしてるぜ」
決戦の半年前のことだった。
一刻後には上杉・武田・伊達連合軍対織田軍の決戦が始まる。
三方からそれぞれ奇襲をかけるこの作戦は各軍の連携が鍵だ。どれか一軍でも裏切れば勝ち目はないだろう。
上杉謙信と武田信玄は自他共に認める好敵手であり、二人とも互いを倒すなら正々堂々と、と考えているため武田が裏切らないように上杉の裏切りもありえないだろう。そういう意味で確固とした絆が今までなかった奥州伊達軍は不安要素ともいえるが、上杉謙信も武田信玄も伊達政宗が裏切るだろうとは考えていない。もちろん、裏切りが起こった場合どうするかということも考えてはいるが、その可能性は限りなく低いだろうとも思っている。
奥州の若造は、伊達政宗は潔いのだ。己の信念を持ち、我武者羅なようでいて慎重な男であり、何より気高く誇り高い。民や部下を何より大切に政宗は織田のやり方に批判的であり、だからこそ上杉・武田と手を組むことを選らんだ。そんな男が裏切るはずがなかった。
真田幸村も、己が生涯の好敵手と認める政宗が裏切るわけはないと確信している。同盟を結んだために近しくなり、以前よりも深く相手のことを知り、政宗に惹かれる自分を幸村は知っていた。そして、それが好敵手へ向ける好感であるとともに想う人に対しての恋情であることも気がついていた。恋などに現を抜かすは愚か者のすること、と固く信じていた幸村だがすでに誤魔化しようがないほどに幸村は政宗に惹かれ惚れていた。
「旦那って、本当に竜の旦那のこと好きなんだねえ」
佐助にしみじみ言われても、反論できない程度には好いている。
そして、認めてしまうのならこれが幸村の初恋でもある。
「なあ、真田幸村」
奥州へ戻る政宗の護衛として国境まで幸村はともに来ていた。二人とも馬からおりて何とはなしに話している。共のものたちも思い思いの場所で休息を取っている。
「はい」
「あんた、何のために戦ってる?」
「御館様の天下のためにござる!」
迷いもなく言い放った幸村に政宗が柔らかく苦笑した。
「じゃあ、何のために生きてる?」
「むむ」
今度は戸惑ったように考え込む幸村を微笑ましそうに眺めた後、政宗は答えを待たずに馬に跨った。
「政宗殿?」
「今度会うときまでのhomeworkだ」
「?」
「次に会うのは…運がよければ戦場だな」
「はい」
「そのときまでに考えとけ」
「…政宗殿は」
「Ah?」
「政宗殿の答えを聞かせていただきたい」
「今度会ったときに教えてやるよ」
「政宗殿!」
まだ何か言いたそうにしている幸村を面白そうに見ていた政宗はふと馬の上から上体をかがめ、かすめるように口付けた。
「!!!」
「おい、おめーら!!行くぞ!!!」
顔を真っ赤にして驚いている幸村を無視して政宗は部下たちに声をかけた。
「ま、ま、ま、政宗殿…っ、今のは…いったい…!?」
「Hey, 真田幸村」
悪戯を成功させた子供のように楽しそうに笑いながら、政宗は言った。
「死ぬなよ」
自覚したのはあの時だ。
あの時、政宗が何を思って幸村に口付けたのかはわからない。
年下の男をからかうつもりだったのか、はたまた幸村がそうであるように政宗も幸村への恋情を抱えているのか。
わからないが、それでも幸村はもう一度政宗に生きて見えることができたのならあの日の答えとともに想いを告げようと決めている。
もうすぐ決戦が始まる。
戦と死は常に隣り合わせだが、この戦は幸村がかつて経験したことがないほどに大規模で、そして危険だった。生きて帰れる可能性はきわめて低い。
怖くないといえば嘘になる。
『死ぬなよ』
だが、この死地を抜けたその先にあの青い竜が待っているのなら。
そう思うだけで、どこまででも強くなれる気がする。
もう一度、会って、伝えたい言葉がある。
だから、幸村は生きる。
生きて、いくさばを駆けて、生き抜いてやる。
恋とは人を弱くするものではなく強くするものなのだとはじめて知った。
教えてくれたのは政宗だった。
政宗にとっての自分もそうであればいい、と思い幸村はそっと微笑んだ。
決戦が、始まる。
戦場で会いましょう
あなたにとって私もそうでありたい
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