「死んで花実が咲くものか。生きろ。生きろ真田幸村。死に花など咲かせて何になる。
主を失う喪失が如何ほどのものか俺は知らないが、こんなところで捨てる命などおまえは持ち合わせていないはずだ。
戦う理由が必要ならば、今度は俺がそれになってやる。一人では生きられぬというのならば、俺とともに生きろ。俺では従うに値しないというのなら、おまえがおまえ自身の主となれ。
どんなに無様でもいい。泥をすすろうとも、恥辱に這うことがあろうとも、どこまでも生き抜け真田幸村。
どこまでも生き抜き、そしていつか、おまえの花を咲かせて見せろ」
武田信玄というあまりにも大きすぎる主君を失い呆然と生きる意味も気力も失った幸村の前に、彼はまぶしすぎた。
信玄の死以来、幸村の世界には闇が満ち、すべての現実は薄布を隔てた先で起こっているように頼りなく不確かなものだった。
政宗は、そんな幸村の暗闇の世界にさしこむ一条の光だった。
初めて戦場で出会ったときのように、幸村に強い衝撃を与え、新たな世界を与えてくれた。
「伊達…政宗、殿」
世界を与えてくれた。
信玄を中心とした世界を失い誇りも自分も見失った幸村に、政宗は新たな世界へと続く扉を指してくれた。
迷いは、ない。
そんなもの、あろうはずもなかった。
数え切れないほどに身に着けてきた赤揃えの戦装束に身を包み、今は亡き信玄から賜った二槍を背負い、幸村は潔く頭を下げた。
「この真田源二郎幸村、奥州の王たる伊達政宗殿に、この命尽くるまで、誠心誠意御仕え致す所存!以後、よろしくお頼みもうしまする!!」
「真田幸村」
長い沈黙ののちに、ようやく名を呼ばれ顔を上げた幸村は絶句した。
政宗の秀麗な面は慈愛と安堵、そして喜びに満ちたとえようもないほどに美しかったからだ。
それが、幸村、ひいては真田を傘下におさめたことに対する喜びではなく、絶望に身を浸す幸村を娑婆にとどめることができたからであるということは、いくら鈍い幸村とてわかっていた。
こんなにも深く想われている事実に、胸が痛くなる。
「政宗殿…」
「真田幸村」
政宗の六爪を操るために骨ばって節くれだった、けれど幸村にとってはなによりも美しい手が伸ばされる。
肩に顔を埋められ、反射のように幸村より幾分か細い背を抱きしめれば、すがるように強く抱きしめられた。
「よかった」
あんたが現に戻ってくれて、本当に、よかった。
竜と呼ばれる誇り高い人にこんなにも深く想われている事実は信玄を失い荒んだ幸村の心に暖かな熱を宿した。
信玄を失い生きる導を失った幸村に今となってはどんな価値があるのかわからない。
だが、しかし。
この人が望む限りともに生きてゆこうと思った。
いつの日か大輪の花を咲かせて、永久に共に。
この命があなたの糧となりいつかともに花を咲かせるその瞬間のために
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