初めての口付けは血の味がした。
戦場であったため仕方なくはあるが、埃っぽくもあった。触れ合った唇はかさかさしていて、それが気に入らずに舌を這わせて湿らせ再び口付けたら軽く舌をかまれ、逃げられた。
(柔らこうござった…)
余韻に浸っていたら、いつまでたっても戻ってこない主を探しに来た佐助に首根っこをつかまれて陣に連れ戻された。





二度目の口付けは酒の味がした。
同盟の成った祝いの席をはずれ夜風に当たろうと庭に出た先で二人きり、二言三言交わすうちに酒に潤った唇と瞳の艶やかさに耐えられず、気がつけば重ねていた。抗うように一度だけ背を殴られたが、抱き寄せる腕に力を込めれば諦めたように政宗殿の腕が背にまわり、ゆるく抱きしめられた。
(酒の味がする)
こっそり目を開けると、酒に酔ったのか口付けに酔ったのか、政宗殿の白い頬が火照っていて、扇情的だった。
(甘い)
酒によっているわけではない。口付けに酔っているわけでもない。
(癖に、なりそうだ)
ただ、幸村は初めて見えたその瞬間からずっと、伊達政宗という存在に酔っているのだ。




三度目の口付けは幸村が食べていた団子の甘味と政宗の煙草の苦味の混じった、複雑な味だった。
その二つは決して交わらない類のものに思えた。唇が離れた後、政宗は甘いといって顔をしかめ、幸村は苦いといって情けない顔をした。
けれど、不思議なことに決して不快なものではなかった。
互いに甘い、苦い、と文句を言いながら二人は幾度も唇を重ね、舌を絡めあった。
文句を言いながらも、決してその甘みも苦味もいやなものではなかった。むしろ、心地よくすらあった。

数え切れないほどの口付けに、いつの間にか団子の甘味も煙草の苦味も消えていた。
二人同時にそれに気づき、顔を見合わせ、何とはなしに笑いあった。
「顎が、疲れた」
政宗のどこか幼い文句に、幸村は笑って、顎の先にちゅ、と口付けた。



その夜、二人は初めて身体を重ねた。
隙間などないようにぴったり抱き合って、互いの熱を感じ、乱れ、灼かれ。
こういうのも悪くない。いくさばで感じる熱に似ているけれど、まったく違うもの。
(なんと心地よい…)
いくさばの熱しか知らなかったけれど。
これが、情を交わすということなのか。
相手が誰でもこうなるのだろうか?
「いや、違う…」
相手が、政宗殿だからだ。
初めて会った瞬間から、ずっと酔わされ続けている。
こんな相手はこの人しかいない。
「Ah―、どうした?真田幸村」
情事の余韻が残る潤んだ瞳、火照った頬。乱れた髪。
政宗が、戦場では想像もつかないあどけない表情で幸村を見上げた。
「政宗殿…」
胸が高鳴る。

ようやく、幸村は自覚した。
(違う、これは…)
酔い、ではない。
(惚れているのだ。俺は、このお方に…)
その答えはすとん、と幸村の中に納まって。
(なぜ、こんな単純なことに気づけなんだ)
自覚した思いにすっきりとした心持で微笑み、情事の疲れと心地よい温かみにうとうととまどろむ政宗に幾度目かの口づけを贈った。


(さて、残る問題はいつ政宗殿にこの心のうちを告げるかだけ)








情を交わして恋を知る




そんな僕らはきっと獣よりも愚か




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