・伊達と武田で同盟中
・政宗様in上田城
・幸村父(真田昌幸)捏造









美しい人だ。

初めて気づいたかのように、幸村は改めて思った。
「旦那ったらなに見て…って、竜の旦那?」
「…」


武田の同盟相手である伊達の頭領、伊達政宗は上田を訪れていた。信玄のもとを訪れていた政宗を幸村が誘ったのだ。幸村の誘いに快く乗った政宗は予定を変更して奥州への帰還を延ばして上田城に足を伸ばし、今、幸村の父である昌幸と向き合って何事かを話していた。

昌幸が何事かを告げ、それに政宗が柔らかく頬をほころばせる。
政宗の美しさに見惚れながら、けれどその表情を引き出したのが自分ではないことに悔しさと嫉妬を覚える。昌幸も昌幸で、政宗のことが気に入ったらしく親子ほども年の離れた同盟国の主を優しい目で見ている。
遠乗りに誘いに来た幸村は親密そうな二人のその様子に声をかけることもできずただ立ち尽くしていた。


いくさばにおいては破天荒ともいえる言動をする政宗であるが、常にそのしぐさにはどこか優雅さが伺える。一挙一動がいちいち美しいのだ。惚れた欲目を抜きにしようともその事実は変わらない。わざと粗野な言動をすることが多いが、それでも隠し切れない。これが生まれであり育ちであるのだろうか。正装を身につけ一国の主として立ち居振舞う際の政宗は佐助ですら感嘆のため息を吐いてしまうほどであり、信玄も若いのにようやりおる、とほめていた。

そして、今も。幸村の父であり上田の城主である昌幸を相手にしているからだろう、政宗の動作は幸村に対するそれよりも丁寧で、落ち着いて美しかった。公式の場での立ち居振る舞いほど優雅すぎず、けれど幸村を相手にするときのような気軽さでもない。堅苦しすぎない、けれど洗練され相手の目を引くそれはごく自然で、いまさらながらのように幸村は政宗に見惚れずにはいられなかった。






毎度のことながらすごいもんだ、と佐助は半分あきれながら感心する。
いつもやりたい放題しているけれど、やっぱり殿様は腐っても殿様。佐助には逆立ちしたって真似できないような優雅さで昌幸と談笑している政宗を見ながら改めて思った。
昌幸が何かを言い、政宗がくすくすと微笑む。その仕草すら一枚の絵になろうかという優雅さだ。佐助の隣で政宗を食い入るように見つめている幸村は根っからの武人で、文も武も雅もこなす政宗とは違い、優雅さとはほど遠い。もっとも、その無骨で実直なところが幸村の愛すべき美点であるともわかっているので彼にいまさら優雅さを求めたりなんてしないけれど。そもそも、優雅な幸村と言うのはすでに矛盾した言語である気がする。

(それにしても…)
佐助の優秀な耳は彼らがなにを話しているのか聞き取ってくれるが、幸村にはまったく聞こえていないのだろう。政宗が恥ずかしそうに頬を染める様子を泣きそうな顔をしてみている幸村に、気づかれないようにため息をつく。
(聞かせてあげたいね、竜の旦那と昌幸様が何を話してるのか)








政宗はもともと年下よりも年上のほうが好きである。それは父や小十郎に溺愛されて育ってきたことが関係しているのかも知れない。幸村の父である昌幸は壮健な体つきと精悍な面立ちの美丈夫だった。面立ちは幸村とよく似ているが、年を重ねた分、幸村には見られない落ち着きがある。はっきり言って政宗の好みのタイプだ。
幸村も成長したらこうなるのだろうか。うっとりと昌幸を無礼にならない程度に見つめながら政宗はこっそり思う。

「源二郎から、あなたのお話はよく伺っております。お会いしたいと思っておりました。…念願が叶い、嬉しく思います」
「私も、噂に名高い真田昌幸殿にお目にかかることができ、嬉しく思っております」
「それにしても…」
「?」
「源二郎があなたのことを美しいとしきりに言う理由がようやくわかりました。殿方に対して失礼かもしれませんが…確かに、伊達殿は美しゅうござりますな」
「幸村殿が…そんなことを」
「はい、あいつは戦から戻ってくるたびにあなたの話ばかりしますよ。あなたとの一騎打ちがどれほど心弾むものであるのか。やはりあなたが相手でなくば物足りぬだとか。そのせいでしょうか。あなたに…初めて会った、という気があまりしません」

頬を染めうつむき、政宗がいつも以上に素直な反応を返すのは成長した幸村がそこにいるように感じるのと同時に、慈愛の篭った眼差しに亡父を重ねたからでもある。
政宗が自らの手で命を奪った、優しい父。
懐かしさと同時にどうしようもない悲しみも思い出され、伏し目勝ちになる政宗に昌幸は優しく手を伸ばし、頬に触れる。

「どうなさったのですか?」
「あ…」
「暗い顔をなさっていますね。何か、気に障ることでも言ってしまいましたか?」
「いえ、そんな!…その…、…昌幸殿の、お優しさに」
「はい」
「亡父を、少し…思い出しました。昌幸殿のような方を父に持ち、幸村、殿は幸福だと」
いくら同盟国の武将とはいえ一時的なこと。弱さをさらす発言に愚かなことをした、と後悔するが昌幸の優しさに今だけでも甘えたいと思う自分がいる。己の部下には決して告げることのできない心の底の消えぬ亡父への思慕。

「伊達殿」
「…」
「伊達殿は、源二郎にとってこの上なく大切なお方のようですな」
「っ!!」
突然の言葉に驚いて顔を真っ赤にさせながら上背のある昌幸を見上げると、昌幸はにっこり笑って視線だけで幸村を見た。
「先ほどから、あそこで源二郎がずっとあなたを見つめております。私があなたに触れた瞬間には、すごい顔をしておりましたよ」
くすくすと笑う昌幸に、恥ずかしさからすっかり赤くなった政宗はぎこちなく幸村に視線を向け、すぐにそらす。

「恥ずかしながら、私は昔からあれを溺愛しておりまして…本来なら場もわきまえず、と源二郎をしかるべきなのでしょうが、あんなにも一途に誰かを想う源二郎を見たことはない。だから、どうしても反対する気にはなれないのですよ」
「昌幸殿…」
「ですから、伊達殿」
愛情と慈しみに彩られた昌幸の幸村とよく似た微笑みを正面から受け止め、政宗は先ほどとは違う恥ずかしさで頬を染めた。
「源二郎にとって大切な方であるのなら、私にとっても大切な方です。それゆえ…失礼ながら、伊達殿のことを家族のように親しく感じております」



咲いた微笑み




「佐助ええぇえぇ!!あの二人は、いったい何を話しておられるのだ!!」
昌幸の言葉に頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうにうつむいたかと思えば今度は花のほころぶような嬉しそうな笑顔を見せている。幸村の我慢はすでに限界に達していた。
旦那にしてはよく我慢したよね、と思いながら佐助は疲れたような表情で言った。



「端的に言うと、竜の旦那が真田家の…旦那の嫁として昌幸様に認められた瞬間、ってとこですね」






嫁と舅はすでに仲良しです。



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