つりあっている天秤



友達以上、恋人未満
そんな関係も、悪くないかもしれない





「奈良シカマル!」
名前を呼ばれたと同時に、ヒュッと風を切る音が耳に届いた。
振り返り、反射的に飛んできたものをキャッチする。
「テマリ?…なんだこりゃ」
声で、自分を呼び止めた人物が誰かはわかっていたが手にしたベージュの箱は、予想外のものだった。
「やるよ」
5メートルほど向こうに立つ彼女に近づきながら説明を求めるように見ると、いつもの勝気な笑みの中に、微量の照れを混ぜた表情が見えた。
「サンキュ。でも、なんでだ?」
結構親しくしている少し年上の砂隠れの里の少女を、不思議そうに見た。
別に、今日はシカマルの誕生日でもなければクリスマスでもない。特別なことは、一切ないはずなのだが、何かプレゼントを贈るようなことでもあっただろうか?
「今日が何日か、言ってみろ」
隣に並んだ少し年下の少年の質問には答えず、テマリは命令口調で言い返す。
「2月12日だろ?」
「そうだ。じゃあ、明後日は何日だ」
「2月…そうか、バレンタインか」
次いでのテマリの質問に答えかけ、シカマルはようやく手にしたものの意味を知った。
「ってことは、もしかしてこれはチョコか?」
「ああ。今夜にはもう向こうに帰るから、少し早いが渡しておこうかと思ってな。なんだかんだでおまえには木の葉に来るたびに世話になってるから、その礼も兼ねて」
少し照れたようにそっぽを向いて、テマリは答えた。
「サンキュ」
シカマルは、もう一度礼を言った。
「今、食ってもいいか?」
「あ、ああ」
「んじゃ、遠慮なくいただくぜ」
甘いものは特に好きなわけでも嫌いなわけでもないが、疲れているときはありがたい。朝からずっと仕事をして、疲れている今、手の中にあるチョコレートは魅力的だった。
テマリが少し緊張しながらこちらを見ているのを感じながら、箱に結ばれたリボンを解き、腕に引っ掛けると箱をあけた。
「うわ、すっげぇ…」
中を見て、シカマルは驚きの声を上げた。
普通のチョコレートが入っていると思っていたのだが、箱の中にあったのは、食べやすいよう一口大にカットされたガトー・ショコラだった。
「マジで、美味そう。なあ、これ本当にオレが食っていいのか?」
「あ、ああ。…おまえのために焼いたやつだ」
こんなに喜んでくれるとは思っていなかったテマリは、驚きの面持ちで普段は大人っぽい年下の少年を眺める。
(こういうところは、やっぱりガキなんだな…)
「じゃあ、いただきます」
律儀にそう言うと、一切れそっとつまみ、口に運んだ。
「…どうだ?」
シカマルが嚥下したのを見計らって感想を聞いた。
「すっげー美味い」
嬉しそうにシカマルが言う。年相応の笑顔だ。
「こんなに美味いガトー・ショコラ、初めて食った」
「そんな、大げさな…」
てらいのない真っ直ぐな賛辞の言葉に、テマリはかすかに頬を染めた。
「本当に、美味いぜ、これ。…すげーな」
これだけ喜んでもらえれば、作ったほうも冥利に尽きるというものだ。
「…そこまで喜ばれると、こっちも作った甲斐があるな」
その言葉にシカマルは、少し笑った。が、その後何かに気づいたのか真剣な顔になり、腕を伸ばした。
「え?」
驚いていると、シカマルの手がテマリの手に重ねられた。
「おまえ、こんなに冷えてるじゃねえかよ」
少し怒ったような声だった。
「風邪引いたらどうするんだ」
外で、仕事がいつ終わるかもしれないシカマルを待っていたため、テマリのからだは冷え切っていた。それに対してシカマルの手は先ほどまで室内にいたためか、暖かい。
その暖かさが心地よく、テマリはシカマルの手を振り払わなかった。
「って、あー…オレのせいだよな」
思いもかけないシカマルのセリフに、テマリは驚いて彼の顔を凝視した。
「なぜ?」
「だって、おまえオレのこと待っててくれたんだろ?」
「あ、ああ…」
だが、それはテマリが勝手にやったことであって、シカマルのせいではない。
「オレがおまえを待たせちまったからこんなに冷えたんだろうが」
別に、待ち合わせていたわけでも約束をしたわけでもない。
「悪ぃな」
申し訳なさそうな顔のシカマルに、テマリは首を横に振る。
「おまえのせいじゃないだろうが。気にするな」
そう言って、握られた手を抜こうとしたが、思っていたよりも強く握り締められていた手は、まだ、シカマルの手の中だ。
「チョコ、すっげー美味かったし、嬉しいけど、おまえのからだのほうが大事だろうが」
「っ!」
そんなことを言われたことのないテマリは、真っ赤になって固まってしまった。シカマルも、テマリの様子を見て自分が何を言ったのか自覚したらしく、赤くなる。そして、第三者から見ればこの状況はどう見ても痴話喧嘩…どころかいちゃついているようにしか見えない、ということにも気づいた。
「えっと…」
いくらIQが高かろうともこんなときには、何の役にも立たないわけで、シカマルはなんと言えばいいのかわからず、必死に考えていた。
「そろそろ、戻る」
テマリは小さな声でそう言って、真っ赤な顔のまま、シカマルのおかげでだいぶ温まった手を取り戻すと、きびすを返した。
「ちょっと待て」
そのまま立ち去ろうとしたテマリの手首をつかむと、自分のほうをもう一度向かせた。
「これ、貸してやるよ」
そう言い、自分の首に巻かれていたアイボリーのマフラーをテマリの首にふわりと巻いた。
「え?」
「来月、引き取りに行くからそれまで預かってろ」
「!…わかった」
シカマルの意図したところがわかり、テマリはうなずいた。
「忘れるなよ」
「誰に向かって言ってんだよ」
まだ少し赤いもののいつもの調子を取り戻したテマリが言うと、シカマルもいつものように答える。
「じゃあ、またな。今回は悪いけど送れねえんだ」
いつもは里の大門…場合によっては国境まで送るのだが、今夜は任務が入っているため、無理だった。
「かまわないさ。もう、何度も来ているんだから道くらい知ってる」
「そうじゃなくて、話し相手がいないとつまんねえだろうが」
そういえば、いつもとりとめのない話をしながら行くうちに気がつけば別れの場所に着いているのだった。
「まあ、いいか。チョコ、ありがとうな。そのマフラー、結構気に入ってんだから失くすなよ!」
「おまえこそ、任務でへまをするなよ。あと、約束も忘れるな。こなかったら、これ、私のものにするからな」
すっかりいつもどおりの会話に、二人とも微かに笑う。男とか女とか関係なく、対等な関係が、二人とも気に入っていた。
「「じゃあな」」








「まーったく、面倒くせーことしちまったかな」
そう言いながらも、シカマルの口元には笑みが浮かんでいた。
「あー、お返し…何あげればあいつ喜ぶのかなあ」




「…暖かいな」
シカマルが貸してくれたマフラーも、シカマルのおかげで温まった手も。
「バレンタインなんて柄じゃないと思ったが…たまにはいいかもしれないな」









マフラーは、約束の証
一ヵ月後、ようするにホワイトデーに、会おうという
シカマルは、いつもよりすずしい首元で、それを忘れない
テマリは、いつもより暖かい首元で、それを覚えている

恋人同士なんかじゃなくって
でも、友人同士というのには近すぎる距離
二人の距離は、いわゆる友達以上恋人未満
天秤は、ちょうどよくつりあっている
もしかしたら、近い未来に天秤が片方に傾くことだって、あるのかもしれない
でも、今は均衡を保っている



こんな関係も、悪くないかもしれない










初書きシカテマです。んでもって、バレンタインねたです。
うーん、最初は書くつもりなかったのになぁ。でも、ネタが頭に思い浮かんだので書いてみました。なぜシカいのではなくシカテマなのかというと、ただたんに管理人がシカテマのほうが好きだからです。NARUTOの女の子キャラで、一番好きですね。テマリは。

一応、これは「冷たい手に重ねられた暖かな手」というお題で書きましたが、正直なところ、このお題は『死んでしまった人の「冷たい手」に重ねられた、生きている人の「暖かな手」』のつもりで作りました。まさか、こんなふうに使うなんてなー、と少し意外に思っております。



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