の狭間で





任務決行は、明日。

5年間過ごしたこの街とも、さらばだ。

たいした感慨はわかない。

悪魔の実の能力者であるオレからすれば水に囲まれたこの街は疎ましくさえあった。

この街から出られることに清々しているとさえ言っていいだろう。





でも、ただ一人。


ただ一人だけ、己の心にわずかに引っかかるものがあった。



「パウリー…」



低く、低く。

己の本当の声で、ささやくようにつぶやいた。

アイツは、オレの声を知らない。
5年間、ずっと腹話術でハットリを使ってしゃべり続けたから。

アイツは、本当のオレを知らない。
オレがアイスバーグを殺す…いや、違ったな、古代兵器の設計図を手に入れるためにこの街へ来たとは夢にも思いはしないだろう。
船大工になるためにこの水の都へきたのだと、疑いもせずに信じているのだろう。




5年間、この街で過ごした。



この街で過ごす最後の夜。
明日、作戦は決行される。


この街での自分を失うことを惜しいなどと思わない。

世話になったアイスバーグを裏切ることに、なんとも思わない。


でも、なぜだろう。



たった一人。
パウリーを思うときだけ、オレのないはずの感情にきしみが入る。



陽の光を受けてキラキラと輝く金髪。


燻る葉巻のにおい。


明るく溶けて弾ける笑い声。


海と空を映した青い瞳。


5年間を振り返って思って浮かぶのはあいつのことばかり。

おそらく、この5年間で一番深くかかわったのも一番共に在る時間が長かったのも、あいつだ。


疑うことを知らない、やつだった。
オレが言うのもなんだが、もっと人を疑ったほうがいいとすら思うほどに。
それほどに、真っ直ぐに相手を受け入れる。
真っ直ぐに相手を見て、笑って、ヨロシク、と言って手を差し出すのだ。

その曇りのない笑顔で、瞳で、誰を彼をも魅了する。

すべてを真っ直ぐに見るやつだった。
真っ直ぐすぎるほどに、真っ直ぐなやつだった。

疎ましいほどに、愛しいほどに、真っ直ぐなやつだった。


『ルッチ!』


あいつを思うとき、一番に思い浮かぶのは笑顔だ。
子供のように純粋に、きれいに笑う。

その笑顔は、この街を照らす太陽の光にとても似ていた。

あのカクですら、いつだったか「太陽のようなやつじゃ」とつぶやいていた。
パウリーがいるだけで、その場が明るくなる。
騒ぎの中心はいつもアイツで、オレはその隣に、いた。
この5年間、ずっと。






明日、作戦を決行する。



何度も自分に言い聞かせるように胸の中で唱える。


街に未練はない。
造船所にも、船大工としての自分にも未練はない。


でも、頭に、心に、あいつが浮かぶ。


あいつの友人として、同僚として、あいつの隣に並ぶことができる自分を、惜しく思う。






明日、この街での5年間が終わる。







古代兵器の設計図を手に入れる。

そのためなら、邪魔者は消してかまわない。





おそらく、アイスバーグは殺すことになるだろう。
あいつはアイスバーグを慕っている。
あの人の一番弟子であることはオレの誇りだ、といつだったか笑って言っていた。
アイスバーグを傷つけられれば黙ってはいまい。


あいつも、消すことになるのだろう。


あいつだけは、この手で仕留めたい。



共に在りあいと、少しでも思ってしまった。
笑顔を曇らせたくないと、思ってしまった。



かなわないと知りながら、ともに生きてゆきたいと思ってしまった。



明日、あいつをこれ以上ないほどに傷つける。
深く、深く。
この街を取り囲む水路よりも海よりも、深く。
傷つける。

あの、純粋な心を。

優しすぎる、心を。





そして、殺す。



もう二度と船も笑顔もつくれなくする。



…せめて、オレの手で送ってやりたいと思ってしまう。
あいつの目から光が消えるその瞬間まで、この心に刻み付けておきたい。
あいつが光を失うその瞬間に映すのが己の姿であればいい。





でも、心のどこかで思う。

生きていて、欲しいと。
傷つけられてもどうか生き延びて欲しいと。
オレを憎んでもいいから、恨んでもいいから、どこかで生きていて欲しいと。



生きて、オレたちがともに過ごした5年間ずっとそうだったように、海と空に挟まれたこの街でその瞳に空と海のアオを映して、笑っていればいい。



そう、心のどこかで思っている。









パウリーが絶対にルッチたちのことを忘れないようにルッチも絶対にパウリーのことを忘れられないと思う。



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