新緑の碧
柔らかな四月の日差しに慣れた目には、初夏の陽はまぶしく思わず目を細めるが、目に映る五月の新緑は美しく力強く、目に優しい。
吹く風はすっきりとさわやかで心地がよく、肌に優しい。
気持ちがいい。
あの時、俺たちが命がけで守ったこの里は、三代目…否、歴代の火影、そして木ノ葉の里人たちが願った通りまた、鮮やかに芽吹いた。
ここまでに、いろいろな困難があった。
くじけそうにもなった。
それでも、前を向いて進んできた。
そして、今は以前のように…以前よりもさらに美しく、木ノ葉は芽吹いた。
(…先生、見てますか?
あなたの守った木ノ葉は、たとえ枯れても、何度でも芽吹きます。…これまでも、そして、これからも、何度でも…)
でも…とカカシは目を伏せた。
(こんな時未だに、隣にあなたがいれば…と思ってしまいます。目に緑は優しく映るのに、こんなに美しいのに、感じないんです。感覚としてわかるだけで、昔のように、心から美しいと思えないんです。…あなたと一緒に見たすべてのように色鮮やかなものは何一つとしてないんです)
空を、仰いだ。
目にあふれるものが、こぼれてしまわないよう。
「…どうして、先に逝ってしまったんですか…。俺を、ひとり残して…」
面布越しに冷たい感触が伝わってくる。上を向いても、涙は零れ落ちてくる。
「…なんで……」
先生が死んだとき、俺も一緒に死にたかった。
まだ幼かったけれども、俺にとっては人生をかけてもいいような、一生に一度の恋だった。
周りの人から見れば、あまりにも幼く、滑稽ですらあったかもしれない。でも、俺は本気だった。本気で、あの人のことを愛していた。誰よりも愛して、何よりも大切で…あの人が生きていてくれるのなら、自分の命さえ差し出してもよかった。
この世界で、あの人以上に大切なものなど何ひとつなかったというのに…。
なぜ、あなたは逝ってしまったの。
「来年もまた、お花見をしようね、って約束…したのに…っ!」
約束は果たされることのないまま。
もう、約束のはずの“来年”の桜は、散ってしまった。
あなたと見た時の桜はあんなにも優しかったというのに、一人で見た薄紅色の花弁は血の色にしか見えなかった。
「ずっと、…一緒にって、…言って、た…のに…!」
優しい約束をくれたあの人はもう、いない。
「なのに、…死ぬことも許してくれないなんて!」
あの人の、最期の言葉。
最後の願い。
なんて残酷で、自分勝手なんだろう。
あの人は、俺を残して逝ってしまったというのに、なのに、あの人のいない世界で、生きろとあの人は言うのだ。
あの人がいない世界に、一体何の価値がある?
あの人がいるからこそ、世界は色鮮やかで、目に映るすべてのものは美しかったのに。
「…先生……」
もう、あの笑顔を見ることは、叶わない。
どうして、俺は生き残ってしまったんだろう。
どうして、俺は死ななかったんだろう。
涙が止め処なくあふれている。
面布も、涙を吸って色が濃くなっている。
地面に、ぽたぽたと涙が落ちる。
「…ごめんなさい」
小さく、つぶやいた。
「未だに、死を……願ってしまって」
『生きて』
あなたの心のそこからの願いだとわかっているのに。
あの時、自分はうなずいたというのに。
「ごめんなさい…」
もう一度、つぶやく。
「あれから、もう…半年以上経っているというのに…まだ、笑うことができなくて……」
『笑って』
目を閉じれば、あの人の笑顔も、声も鮮やかに思い出すことができる。
色を失ったこの世界で、記憶の中のあの人だけが驚くほどに鮮やかに、笑っている。
記憶の中のあの人は、いつも笑っている。
『泣かないで』
「まだ、涙をとめることができなくて……」
上を向いて、しばらく火影岩を見ていたが、そっと目を閉じて言った。
「でも、いつか涙を止めるから。……もう一度、笑うから。…何時になるかわからないけれど、でも、絶対に…!」
己に言い聞かせるように、カカシはためらいながら。でも、はっきりと言い切った。
周りに人影はなく、その誓いを聞いたものは、誰もいなかった。
涙を流しながら傷つきながらも、やっとそう誓うことができたカカシの背中を押すかのように風がやさしく吹いた。
“君ならできるよ。大丈夫”
風に乗って、愛しいあの人の声が聞こえた気がした。
いつか、あのころのように世界が色づく瞬間を見たい
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