そんなこともあった、と今なら笑って思い出すことができる。
風の吹く丘
里を見下ろせる、小高い丘。
あの人に教えてもらったお気に入りの場所。
ざわざわと歌う木々の揺れる音。
風が、くすぐるように肩を叩いていく。
「…気持ちいいな」
思わず、言葉がこぼれる。
見上げた先には、青い空に白い雲。
見下ろした先には、あの人が愛する木ノ葉の里。
平和で穏やかな時を今、感じることができる。
“砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ…”
いつだったか、どこかの本に見た言葉。
砂漠が美しい理由はどこかに井戸をかくしているから。
だったら、木ノ葉の里がこんなにも暖かいのはあの人がどこかにいるからだ。
そんなことを考えながら、芝の上に寝そべり目を瞑る。
身体は与えられる休息に喜び、睡魔は隙を逃さず襲ってくる。
降りそそぐ柔らかな春の陽射し。
遠くに聞こえる子供の笑い声。
髪の毛をすいてくれる、優しい手。
幸せな、ひと時。
………………………………ん?
優しい手?
「って、どうしてあなたがここにいるんですか!!!」
髪をすく手を掴んで慌てて起き上がると、そこには穏やかな笑みを浮かべた男の人がいた。
気配に気づけなかった自分が悔しい。
四代目火影になった、オレの先生。
この世で一番、大切な人。
「カカシが里にいるはずなのに見当たらないから多分ここだろうな、と思って」
嬉しそうに笑って先生はここにいる“理由”を説明する。
「そうしたら、すごく幸せそうな顔で眠ってるから嬉しくって」
そう言って、先生は改めてオレの髪をすく。
なでるような優しい仕草で。
「…四代目」
とたんに、先生はすねたような顔になる。
大の大人がそんな顔をしても普通はうっとおしいだけなのに、なぜだかこの人はそんな表情が様になる。
大きな身体をした子供だ、といつだったか綱手様が言ってた。
まったく、そのとおりだ。
ただ、それでもやっぱりこの人は大人なのだけれど。
「………」
返事は、ない。
この人はオレがこう呼ぶのを好まない。
『オレは確かに火影になるけど、キミたちの“先生”でいることを放棄するわけじゃないからさ。だから、公式の場ではムリでも…普段は、今までどおり“先生”って呼んで』
だから、オレともう一人、リンだけはこの人を“先生”と呼ぶ。
本来なら、もう一人この人を“先生”と呼ぶ少年がいるのだけど…。
先生が“火影”になるより先に、戦場で死んだ親友。
かけがえのない、大切な“仲間”。
「まだ、執務の時間のはずでは?」
「ん!いい質問だ、カカシくん」
先生はニヤリ、と笑った。
子供が何かをたくらんでいるときのような表情。
「今日は、午後からはお休みなのだよ」
わざとらしい口調と、自然に浮かんできているのだろう、嬉しそうな笑み。
「………え?なん、で」
すごくすごく、驚いた。
だから、間抜けな声が出てしまった。
「最近、すれ違ってばっかりで一緒にすごせなかったからたまには、ね。ちゃんと仕事も片付けてきたし、三代目の許可ももらってきたからだいじょーぶ!」
Vサインまで作ってみせる大きな子供に、思い切り脱力した。
それから、嬉しさがじんわりと身体の隅々まで広がってきて、あふれ出して、笑いが止まらなくなった。
「ははっ」
どうしよう、嬉しい。
どうしよう、幸せだ。
どうしよう、どうしようもない。
「笑うところかなー、ここ」
ぽりぽりと指で頬をかいて、困ったように先生がつぶやく。
それがまた楽しくて、笑った。
それからすぐに、先生もつられたように笑い出した。
ひとしきり二人で笑ってから、ごろりともう一度芝生に寝そべった。
今度は、二人で。
太陽はさっきよりもちょっと西に動いていて、それでもやっぱり陽射しは暖かくてのんびりとした気持ちになれた。
風も変わらず優しくて、頬をなでては吹き抜けていく。
ざわざわと柔らかく歌う木々の緑も目に鮮やかで。
気持ちのいい、ここは風の吹く丘。
大好きな、場所。
柔らかな芝生の上にねそべって、隣で笑う大好きな人。
髪の毛を梳いてくれる大きな暖かい手。
引き寄せるようにまわされた、力強くて優しい腕。
そこにいるだけで、空気の色さえ変えてしまえるたった一人の、人。
もちろん、それはオレの主観でしかないんだろうけど。
でも、そう感じる人はきっとたくさんいる。
見上げた先には、青い空と白い雲。
見下ろした先には、木ノ葉の里。
でも、オレの視線は目の前の太陽に釘付け。
目が合うと、微笑んで。
たまに、思い出したように落とされる触れるだけの口付け。
幸せだ。
そう思った。
そんなことも、確かにあった。
今なら笑って振り返ることができる、確かに幸せだった、あの人と過ごしたそんな時間。
大好きな場所で、大好きな人と過ごす、大切な時間
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