いつか伝えたかったんだ。

いつか、伝えたかったんだ。



あなたに。






指切り







出会って、恋をして、約束をした。
でも、約束はかなえられることのないままあの人は永遠に喪われてしまって。
中途半端にぶら下がったままのこの約束は、どこへ行けばいいのだろう?




伝えるはずだった言葉は、伝わるはずだった言葉は、伝えたかった言葉は、どこへ行けばいいのだろう?












夕方。

なんとなく外の空気を吸いたくなって散歩することにした。
夕焼けの太陽が奇妙にまぶしい。
空が、赤く染められている。
なんとなく落ち着く色だった。


小さな児童公園のそばを通ると、小さな子供の声が聞こえた。
思わず、立ち止まる。



「ね、絶対だからね?約束よ!」
「うん!わかってるよ」
「絶対ね!」
「じゃあ、指切りしよっか!約束ね!」




ゆーびきーりげんまーん…




約束の内容は、聞こえなかった。
仲良く小指を絡めている少女たちはまだせいぜい5、6歳というところ。
また明日も遊ぼうね、とかいった類の他愛ない約束なのだろうな、と見当をつけながらなんとなく公園のベンチに座ってその様子を見ていた。



…うーそついたらはーりせんぼんのーます……ゆびきーった!



小さな子供が約束のときに小指を絡めて歌う歌。




ああ、そういえばあの人はこういうの好きだったな。




ぼんやりと、思い出した。




『じゃあね、約束だよ』
『…はい』
『じゃあ、はい!』
『…?』
『指切り!ほら、カカシも小指出して!』
『え…』
『ほら!…ゆーびきーりげんまーん……』





ああ、歌が聞こえる。
遠い日の歌。
あれは、先生だ。
あのときは、何の約束をしたんだっけ?







『約束をするなら、絶対に守りなさい。守れない約束なら、最初からするんじゃない』








ああ、声が聞こえる。
幼い日に聞いた声。
あれは、父さんだ。


あの言葉にオレはうなずいたんだった。






先生は約束が好きだった。
一度、どうしてそんなに約束をしたがるのか聞いたことがあったっけ。


『だって、約束したら何が何でも守らなきゃ!っていう気分になるでしょ。だから、約束を守るためにがんばれる』


そう言って優しく笑ったあの人を、今でも思い出すことができる。
あの瞬間を。






気がつくと、笑いあっていた二人の少女はすでに公園にはいなかった。
陽も完全に沈んでしまっている。



約束は、あんまり好きじゃない。
守られなかった人の悲しみも守れなかった人の辛さも知っているから。
だから、“絶対”の約束は、好きじゃない。
守れなかったときに痛すぎるから。



オレはあの時から“絶対”の約束をしなくなった。





ベンチから重い腰を上げ、またゆっくりと歩き出した。
風が頬に当たって気持ちがいい。
日中はかなり暖かくなってきたが、やっぱり日が暮れるとまだまだ寒い。
その寒さが心地よかった。





『約束…守れなくって、ごめんね』





申し訳なさそうな顔で、真摯な目で、オレを見たあの人。
オレは、小さく首を横に振るのが精一杯だった。
その姿があの人の目には映っていたのだろうか。
それとも、あの時すでにあの人の目は光を失っていたのだろうか。




『ごめん…ありがとう』




でも、あの人は最期に笑ったから。
すべてを受け入れて愛した満たされた切ない笑顔だった。





『愛してるよ』





守りたかった約束。
守れなかった約束。
大切な約束。






でも、本当はわかってるんだ。
一番あの約束を守りたかったのはあの人だった。




『約束…ね?』




あの約束を交わしたときのあの人の顔が忘れられない。
約束を守ることを切望していたことを、知っている。





『約束…守れなくって、ごめんね』






あなたがどれだけあの約束を守りたかったのか知っている。
あの時、ああする以外にどうしようもなかったことも、知っている。
守れない約束の代わりにあなたが何をしてもこの里を守ると誓ったことも、気づいてた。




だから、もういいんです。




守れない約束だって、最初からお互いにわかっていた。
それでも守りたかったのは、あなたの想いの深さ。
それでも守って欲しかったのは、オレのわがまま。




守れない約束だとわかっていた。




どこにもいけない恋だってわかっていた。





かなうことのない恋だって、最初から知っていた。
それでも愛したのは、あなたがそこにいたから。
それでも愛して欲しかったのは、あなたをどうしようもなく愛していたから。





「ああ」



気がつくと、慰霊碑の前に立っていた。
何も考えないままに、足は勝手にここへ向かっていたらしい。
そんな自分に、苦笑する。






「先生」







あたりは、もう暗い。
街頭なんてついていないこの場所は真っ暗で、刻まれた文字を読むのは難しい。
それでもどこに大切な人の名前が刻まれてるかなんて見なくてもわかるし、見る必要もない。








「ねえ、ずっと伝えたかったんです」













「オレは、あなたに出会えて…」










いつか伝えたかった。
いつか、伝えたかったんだ。





あなたに出会えて、幸せだったと。









「幸せでした。たくさん、たくさん…幸せをくれて、ありがとう……」









父を喪い、友を喪い、それでも幸せだったのだと。




いつか、伝えたかった。





あの日、世界は輝いていたのだと。










「愛してる」













あなたは、オレの太陽だったのだと。














悲しさも愛しさも切なさもすべてをようやく認めて生きていく哀しい人



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