今から一時間後。
雰囲気最悪な三人を連れて任務に行く。
しかも、かなり重要な任務だ。
本来ならば選りすぐりの上忍だけで構成した班で行くべきの。

なのに、このメンバー…。

思わずため息を吐いた。

自分の準備はすでに整っている。
出立までの一時間、如何しよう。
綱手様のところへはどうぜサクラが行っているだろう。
それに、どうせ報告することなどない。
わざわざ出立の挨拶をする必要も、ない。

だったら、行くところはひとつしかないだろう。






憧レ






コンコン


軽くドアをノックした。


「…どうぞ」


気の抜けた声が返ってくる。
それにこっそり笑ってから、失礼します、とドアを開けた。

ベッドに横たわったまま気の抜けた表情でこちらを見ていた彼の人に向かって軽く会釈をする。






「お久しぶりです。カカシ先輩」






ゆっくりと上体を起こしてから、こちらを見てカカシ先輩は少し微笑った。



「来ると思ってたよ。“ ヤマト”」



面布をつけていないため、先輩のきれいな顔が珍しく直に見られる。
得をした気分だ。



「ナルトと、サクラをヨロシクね」

そう言って、“先生”の顔で先輩は笑った。


「…お体の具合は、どうですか?」
「んー…今、おまえとやりあったらあっさりと殺されそうなくらいにはやばいかな」
「ご謙遜を。あっさり殺られるつもりなんてないくせに」
「あはは。まあ、そのくらい思わしくない、ってことだよ」
「…オレたちが任務に行っている間、ゆっくりと養生してくださいね」
「…」
「先輩」
「ま!不本意だけど、そうするしかないでしょ」


こうして会話をしながらも、微かな緊張を感じていた。
この人は、オレの憧れだった。
いや、だった、というのは正しくない。
暗部をやめた今でもこの人はオレの憧れだ。
美しく強く、脆い人。


「…ナルトは突っ走る傾向があるから気をつけてやって。あと、チャクラの暴走にも。サクラは…ど根性と綱手様ゆずりの怪力、それと知識もあるけど体力とチャクラの絶対量がほかのメンバーに比べて足りない。それと…」


ゆっくりと、淡々と。
教え子であった二人について語る先輩。
何を思っているのだろう。


「…二人とも、親しい人の死に慣れていない」


「…先の任務では砂のチヨバア様が亡くなられたと聞きましたが」
「ああ。でも、チヨバア様は自らの意思で己の命と引き換えに我愛羅くんを生き返らせた。目の前で誰かに惨殺されたわけじゃない。…それに、ナルトにとってはチヨバア様よりも我愛羅くんのほうが大切だっただろうしね」
「…」
「サクラとナルト、二人とももしお互いに何かがあったら冷静ではいられなくなるだろう。特にナルト…九尾の力を暴走させるかもしれない」


「それは…封印が解かれるという意味でしょうか」
その言葉に、緊張が走る。
もし、あの九尾が今再び地上に戻ったのなら…想像するだに恐ろしい事態になるはずだ。


「そんなに簡単にあの人の封印は解かれやしなーいよ」


だが、オレの不安をよそに先輩は笑った。
“あの人”と言ったときだけ、その声はとても優しく柔らかく寂しいものになった。

そういえば、この人はあの四代目火影の弟子なのだ…。
今更のように思い出した。

里では有名な話だった。
幼くして上忍にまで上り詰めた早熟な天才と里でも指折りの、“黄色い閃光”の異名を持つ若き実力者の、美しい金と銀の一対のような師弟。
師が火影になり、弟子が里の外にまでその名をささやかれ始めるようになっても彼らはそこにいた。
あの日、火影となった師が九尾の封と引き換えに息を引き取るまでは。

それも、もう15年も昔の話だ。



「問題なのは、強すぎる力というのはたいていの場合、諸刃の剣だ、ということだ」



「…」
「オレの写輪眼と同じなんだよ」
「それは、どういう…」
「本来、写輪眼はうちはの血族の特有の…血系限界だ。それをうちはの血が一滴も流れていないオレが使っているからすぐにばててこんな状態になる。…まあ、うちはの一族だとしてもそれなりに負担は大きいけどね。それと同じように、人の身でありながら九尾の莫大な力をたとえほんの一片であろうと使えば、負担は大きすぎる。…わかるだろ?」
無言で、うなずいた。


「…もう、あんなふうに傷ついたナルトを見たくないんだ」


その言葉は、形にできない万感の思いが詰まっていて。
どんな言葉で返してもその思いには応えられることができないだろうと思った。
だから、躊躇って、結局うなずくことしかできなかったけれど。

「ありがとう」

先輩はそう言って、静かに微笑んだ。


この人を、尊敬している。
美しくて強くて偉大な、憧れの人。
この人のこんな心を見るたびに、オレはたまらなくなる。
優しい人なんだと、知っている。
悲しい人なんだと、知っている。
なんの裏も打算もなく、ただ幸せになって欲しいとオレが願う、ただ一人の人。



「…」
「…」


一瞬、部屋に心地いい沈黙が流れた。

「…そろそろ、時間なので」

名残惜しく思う気持ちを隠して、オレは別れの言葉を吐く。

「ああ。わざわざありがとね。…気をつけて、いってらっしゃい」

軽く微笑んで、微笑みながらもその瞳には真剣な色が宿っている。

「先輩こそ。よくなるまで、おとなしくしていてください」

そう言ってオレも、軽く笑って見せた。

それから一礼すると、部屋から出て、オレは今度の任務での“仲間”との待ち合わせの場所に、向かった。








あの人をあの白い部屋に置き去りにして。








憧れと言うには惹かれすぎている気もするけれど。



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