今日を特別だと思うのは
「シカマル、アスマさんからこれを預かっているんだ」
任務を終えて、報告書を提出した後にイルカ先生から差し出された一切れの紙。
「はぁ…。ありがとうございます」
釈然としないまま、その紙を受け取りとりあえずかつての教師に礼を言う。
悪い人ではないのだが良くも悪くもお節介なこの人がまた何か言い出さないうちにさっさと退散することにして、礼を言うが早いかその場から立ち去った。
アカデミーを出てからその紙を開くと、簡潔に要件だけが男らしいアイツの字で書かれてあった。
『任務が終わったら俺の家に来い』
たったそれだけの内容に軽く苦笑する。
(まあ、あんたらしいっちゃらしいけどな)
だが、誰かに言伝を頼んでまで自分を呼び出す理由がわからない。
(…なんかやったっけ?)
「アスマ、来たぜ」
ドアを開けると、かつての教え子がやる気なさそうに立っていた。
「おお、シカマル。入れ入れ」
その姿を認めて相好を崩した大柄な上忍は、やけに上機嫌だった。
「?…御邪魔します」
なんだかんだ言って律儀なシカマルは何度も来て我が家同様に寛ぐことのできるこの家に来ても、ちゃんと毎回『御邪魔します』と言う。ちゃんと躾けられている証拠だろう。
「なあ、アスマ」
部屋でアスマが淹れた茶なんぞをのんびりとのみながら、すっかり寛ぎきった様子のシカマルが口を開いた。
「んー?」
「なんでわざわざイルカ先生にメモ渡してまで呼び出したんだ?」
自分を呼び出しておきながら用件を言おうとしないアスマを不審に思ったのだろう。
「本当は明日がよかったんだがな」
「?」
要領を得ないアスマの答えに、シカマルは眉をひそめる。
「けど、おまえんとこの親父さんがそれは許してくれなさそうだから今日で我慢したんだよ」
「…明日ってなんかあったか?」
シカマルの答えに、アスマは大爆笑した。
「…なんだよ」
アスマが笑った理由がわからなくて、シカマルはますます眉をひそめてすねたような声を出す。
「ったく、本当にわかってねえのかよ」
「だから、何がだよ!」
わけがわからなくて苛ついているシカマルを面白そうに見た後に、アスマは答えた。
「今日は何日だ?言ってみ」
「今日…?9月…21日だったか?」
そこまで言って、はたと気づく。
「あ」
シカマルのその反応に満足そうに笑ったアスマは重ねて言った。
「明日は22日だよな?何の日だ」
「オレの…誕生日?」
ようやく明日が何の日か思い出したらしいシカマルの頭をぽんぽんと叩くようにしてなでてアスマは言った。
「今日は泊まっていけよな」
その日の晩飯は、シカマルの好物ばかりだった。…とは言うものの、世間一般の人たちが誕生日に想像するようなご馳走ではなく、さばの味噌煮やら煮物やらであったが。
だが、シカマルは子供が一般的に好むようなものよりもそういうものが好きなのだ。
ジジくさい、と思いながらもシカマルが「美味い」といって喜んで食べるのを見て(まあいいか…)と思ったりもした。これだけ喜んでくれれば作った甲斐があるというものだ。
意外なことに、アスマは料理が上手い。
まあ、長年一人暮らし…ようするに自炊をしていれば当然かもしれないが。シカマルがアスマの家に遊びに来るのが楽しみな理由のひとつに、この料理の美味さもあった。
ずずずー
食事を終えて向かい合って再びお茶をすする二人。
シカマルは若いくせにお茶をすするのがやけに様になる。他にも、将棋だとか好きな物からして若者の好むものではないと思う。まあ、それに関しては教えたのがアスマであるから何も言わないけれど。
「なあ」
シカマルが口を開いた。
「なんだ?おかわりか?」
急須を持ち上げてたずねると
「違ぇよ。でも、もらう」
そう言って湯飲みを差し出す。
シカマルに淹れるついでに自分にも茶を足すとコト、とシカマルの前に茶の入った湯のみを差し出した。
「ほらよ」
「ん、サンキュ」
ずずずずずー
また、2人そろって茶をすする。
「さっき言いかけたのなんだったんだよ」
今度は、アスマから口を開いた。
「いや、たいしたことじゃねえんだけどよ」
「いいから言ってみろ。気になるじゃねえか」
「…よく、人の誕生日なんて覚えてたな、と思って。オレなんかすっかり忘れてたぜ」
シカマルらしいその言葉に、思わず笑う。
「…んだよ」
笑われたのが不満なのだろうか。少しにらむような目つきでこちらを見る。
「おまえらしいな、と思っただけだ。…まあ、おまえさんは忘れてるだろうと思ったから俺が覚えといてやったんだよ」
その言葉に、シカマルも少し微笑う。
「なんだよそれ。意味不明だな」
「確かにな」
アスマも、のどの奥でくつりと笑った。
「別に恋人の誕生日くらい覚えてても不思議じゃねえだろ」
『恋人』という単語に少し顔を赤らめたシカマルに目をやる。
「…まだ、慣れねえのかよ」
からかうように言ってやると、まだ顔が赤いままのシカマルが反論を試みる。
「しょうがねえだろ!大体、この間までおまえはオレの担当上忍だったんだぜ」
「この間って…もう3ヶ月くらい経ってる気がするけどな」
「う…」
シカマルが中忍になったのは、大蛇丸の企てた木ノ葉崩しの計画の只中だった。
そして、中忍になって初めてこなした任務がサスケの奪還。はっきりいって、上忍だけの班でこなすべき任務だった。いくら頭がいいとはいえ絶対的に経験不足のシカマルと中忍にすらなれなかった下忍たちだけの班で行うべき任務では決してない。
しかし、瀕死の重傷を負いながらも、みな木ノ葉の忍として誇れる戦いをした。そして、無事とは言いがたくても生還してきた。
任務を達成することはできなかったが、それだけでも相手を考えれば驚くことだった。
人手不足のため里にいなかったアスマがそのことを知ったのは、彼らが帰ってきた後で。
病院で眠るチョウジに付き添っていたシカマルこそが真っ青な顔をしていて。
中忍になりたてで与えられた重すぎる任務と大切な友人を失うかもしれないという恐怖にたえる姿は、幼い子どものように頼りなかった。
生きて帰ってきてくれて本当によかったと思う。
シカマルもチョウジも大切な教え子だから。
任務の様子を語りながら「怖かった」とつぶやいてこらえきれずに涙をこぼした少年が愛しいから。
「まあ、俺もまさか本当に恋人になれるとは思っても見なかったけどな」
茶をすすりながらしみじみとアスマが言う。
涙をこぼす少年がいとしくてこらえきれずに勢いだけで告げた想い。
考えるより先に口にしていた。
「絶対に、無理だと思ってたんだぜ」
今だからそう言って笑えるが、あの時は言ったあとにすごく後悔したのだ。
「なあ、知ってるか?」
シカマルが少し悪戯っぽい笑みを浮かべてアスマに言った。
「?」
「絶対に上手くいく、って証明するのは難しいけどよ、本当は絶対に無理だって証明することのほうがはるかに難しいんだぜ」
その言葉に、はとが豆鉄砲を食らったような顔になったアスマに満足げに笑ったあとにシカマルは続けた。
「その証拠に、上手くいっただろう?」
ニヤリと笑ったシカマルをまじまじと凝視していたが、アスマもやがて頬を緩めて言った。
「確かに、そうだな。…どんな任務でも『絶対に上手くいかない』とは証明できねえしな。…まあ、『絶対にうまくいく』とも証明はできねえがな」
「そういうことだ」
シカマルが笑っている姿を見て、アスマはあることを思い出した。
「あー。シカマル、ちょっとここで待ってろ。すぐ戻ってくるから」
「?おう」
アスマが席を立ってどっかに行ってしまった。
ぬるくなった茶をすすりながら、手持ち無沙汰に思い出す。
アスマに好きだといわれた瞬間を。
『とにかく、おまえが無事でよかった』
大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられて、心からの安堵の声を聞いた瞬間。
大切な仲間を失うかもしれなかった恐怖を思い出して、オレはみっともなく泣いてしまった。
アスマは泣いたオレをからかいもせずに、ただそこにいてくれた。
大きな手で、オレを安心させるように軽く抱いて。
オレはガキみたいに泣いた。
そのとき、アスマの腕の心地よさに、ふと気づいた。
そして、アスマの存在がオレにとってどれほど重要なのかを。
その理由は、考えるまでもなく自分の中にすとん、と落ちてきた。
(ああ、なんだ)
ごく自然に。
まるで、最初からわかっていたかのように。
(オレは、こいつのことが好きなんだ)
いつもそばにいてくれた。
辛いときにも、嬉しいときにも、いつだってそばにいてくれて、オレは無意識のうちに随分と甘えていた。
だから、それからすぐにアスマに好きだと言われたとき、驚いたし信じられないと思ったけれど、アスマがそんな嘘をつくやつじゃないことはわかっていたから、本当に嬉しかった。
『オレも、あんたが好きだ』
そう返事をしたときのアスマの笑顔を一生忘れないと思う。
あれから数ヶ月たって、今もオレはアスマのそばにいて、恋人なんてやっている。
アスマのそばは相変わらず居心地がよくて落ち着くけれど、たまにあの髭面がすごい男前に見えてドキドキして落ち着かなくなる。
一緒にいられるだけで嬉しい、だなんて感情。
今まで知らなかった。
「……」
そんなことをつらつらと考えていたら、アスマが戻ってきた。
「悪ぃ、またせたな」
「いや、別に大して待ってねえけど」
「そりゃよかった」
そう言って、アスマは手に持っていた包みをこちらに投げて寄越した。
「やるよ」
きれいな放物線を描いてこちらに飛んできたそれを受け止めると、じーっと見た。
「なんだ?これ」
オレのその言葉に、アスマは苦笑する。
「あけてみろよ。一応、誕生日プレゼント、ってやつだ」
「んー。サンキュ」
礼を言ってから丁寧にそれをあけると、出てきたのは2本の巻物だった。
「巻物…?」
呟いてから、それを開いて驚く。
「!」
シカマルのその様子を見て、アスマはにやりと笑った。
「それ、前見たいって言ってただろ?」
「確かに言ったけどよ!」
そのことを覚えてくれていたのは単純にうれしい。…口にはしないけれど。
だが、これはそうやすやすと手に入るようなものではないはずだ。
「…どうやって、これ手に入れたんだよ」
自然と真剣な声になるシカマルに対して、アスマはいつもの飄々とした態度を崩さない。
「このあいだ、任務で行ったんだよ。で、そのときに運良く手に入れれた」
「…」
じーっと手の中の2本の巻物を見ていたシカマルをアスマはじっと見ていた。
「もっと別なもんがよかったか?」
声をかけると、はっと我に返ったシカマルが首を横に振る。
「いや、嬉しいぜ。…サンキュ」
素直に礼を言ったシカマルを満足げに見た後、その体を抱き寄せてキスをした。
「ん…」
シカマルも、おとなしくされるがままになっている。
「どういたしまして。でも、扱いには気をつけてな」
やっと離れたアスマが酸欠でぜーはー言ってるシカマルに笑って見せた。
「にしても、何回やってもなれねえのな」
「五月蝿い」
真っ赤になって潤んだ瞳でアスマをにらみつけるシカマルだが、はっきり言ってそんな状態で睨み付けられてもこれっぽっちも怖くない。どころか、色気が漂ってくる。
流石に、これ以上手を出したら犯罪だろうか。
まあ、どちらにしろキスにすらなれないシカマルにこれ以上を求めるつもりはない。
今は、だけれど。
「ま、おいおいな」
そういって今度はシカマルの額にキスを落とした。
「一日早いけどな、誕生日おめでとう」
「…サンキュ」
明日は誕生日。
そんな今日を特別だと思うのは、隣にあなたがいるからでしょう。
キミがここにいるのなら。
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