盆踊りに行こう、とオレを誘ったのは銀の髪の上忍だった。
「どうして、オレを?」
「…なんとなく、かな」
「…」
めんどくさい、と言って断るつもりだったのに。
気がつけば、首を縦に振っている自分がいた。
盆踊り
そうして、今、オレたちはここにいる。二人とも浴衣を着て、面をつけている。カカシさんは随分古い面をつけている。オレの面は途中でカカシさんに買ってもらった。
「じゃあ、また後でね」
それだけ言って、オレをここに連れてきた張本人はどこかへ行ってしまった。約束の時間も場所も決めていないけれど、あの人ならこの大勢の中からでもオレを見つけるのは容易いのかもしれない、と思ってため息をついた。
(何やってんだ、オレ)
一人で雑踏の中を歩きながら、ため息をつく。
人の多いところはキライなのに、面倒なことはキライなのに、どうしてこんなところにいるんだろう。
考えるに、自分はどうもはたけカカシという人に弱いようだ。
にっこり笑って何かを言われると、なぜかうなずいてしまう。
それは、あの人も自分と同じで寂しい人だと知っているからかもしれない。傷のなめあいのようなこの関係をキライではないが、このままでいいのだろうかとたまに思う。それでも、オレはきっと自分から離れることはないのだろうと思う。だって、あの人は寂しいと手を伸ばせば握ってくれるし、オレも寂しいといって伸ばされるあの人の手を振り張ることなんかできはしないのだから。
人々のざわめきの中からお囃子が聞こえ始めた。
老若男女問わず輪を作って踊り始める。
そこから少しはずれて人の流れを見ながら、もう一度ため息をつく。
(浴衣に、お面。本当…誰が誰だかわかりゃしないな)
カカシさんもこの輪に入って踊っているのだろうか。
この中の何人かは、きっとオレも知っている人なのだろう。
でも、わからない。
気配を探ればわかるかもしれないが、そこまでしてどれが誰だか見極めようとは思わない。
面倒だから、必要がないから、興味がないから、どうでもいいから。
それぞれに踊る大勢の人々の中から、なぜだかその一人だけに目が留まった。
(え?)
かもしれない、という曖昧なものではなかった。
あの男だ。
姿を見た瞬間、確信した。
いや、確信するよりも先にその姿を見ると同時に足が動いた。
その後姿に駆け寄りながら、頭の中で冷静な自分が言う。
(あの男は死んだはずだ。冷たくなっていくのを腕の中で感じていただろう)
(死んだものには、二度と会えない)
(目を覚ませ)
(これが、あの男のはずがない)
それでも、心が高鳴る。
恐怖に?
期待に?
喜びに?
こんなにも胸が痛いのはいつ以来だろう。
「…っ」
男の目の前に立つ。
男の背の高さ。
見上げる角度は記憶にあるものと同じで。
男は動きを止めてじっとオレを見下ろした。
(アスマ)
間違いない。
これは、あの男だ。
たとえ、面をつけていても顔が見えなくても、間違えるはずがない。
これは、オレが愛した男だ。
「(アスマ)」
名前を呼ぶのはなぜか躊躇われて、唇がかすかに呟くことしかできなかった。
唇がかさかさに乾いている。
声がのどに張り付いて、何も言えない。
(顔が見たい)
手を伸ばしたのは無意識だった。
指先が面に触れるか触れないか、というところで力強く手を握りこまれて我に返った。
仮面をつけた男は、オレの手を握ったまま首をゆるく左右に振った。
面を取ってはいけない、ということか。
男は、オレの手をそのままゆっくりと口元に持っていき、軽く唇で触れた。
「っ」
たったそれだけで、滑稽なほどに身体がはねた。
面をつけていても、男が笑っているのが判る気がした。
きっと、悪戯が成功したかのような顔で笑っているのだ。
それから、促されるままに踊りの輪に加わり、一緒に踊った。
そして気がつくと盆踊りの輪はいつのまにかただの人の集まりになっていて、オレは一人で立ち尽くしていた。
ポン
肩を叩かれて振り返ると、面を頭の横に乗せたカカシさんが微笑んでいた。
「カカシさん…」
「帰ろうか」
来た時と同じように、カカシさんは何も言わなかった。
何も言わずに、オレの手をきつく握り締めて歩き出した。
それでも、カカシさんの半歩後ろを歩いてその横顔を見て、なんとなくわかった。
この人はオレのためにこの場所にきたのだ。
自分は、愛した男に会えないことを知りながら。
心の中で礼の言葉を呟いてから、オレは愛した男を想って少しだけ涙を流した。
解説:
面をつけるのは、素性を隠すため。だから、たとえ死者が還ってきていてもその面を取ってはいけません。声をかけてもいけません。
カカシの愛した男というのは四代目。彼の魂は未だ死神の腹の中にあるので、これから先何回盆が来ても、カカシは四代目に会えません。
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