平行線




「いの」




私を呼ぶ、あなたの声が好き。






「いの」





もうちょっと自分の名を呼ぶ声を聞いていたくて、聞こえていないふりをした。






「いの!」






少し声を大きくして、わずかに苛立ちがにじむ声で、私を呼ぶ。
そんな声も、好き。

「なあに?」

今気づきました…というように振り返ると、呆れたような顔が目に入った。

「おまえ、気づいてるくせに気づいてねえふりするんじゃねえよ」

流石、幼馴染。私の演技などお見通しだったらしい。

「え、なんのこと?」

が、素直に認めるのもちょっと悔しいのでとぼけたふりをしてみた。

「っつーか、ばればれだっつの」

ため息混じりに苦笑してみせる。


「シカマルって、昔から私が何か隠そうとしたりとか嘘ついたりとかしても、すぐに見破っちゃうわよね」


悔しく、だけど少し嬉しく思いながら言うと、シカマルは顔をしかめた。



「だって、おまえ隠し事へたくそだし」



そんなことを言われたのは、初めてだった。
どちらかといえば、嘘は得意なほうだと自分では思っていたし、実際下手だといわれたことはない。
笑顔で何の違和感も感じさせず嘘をつくのは容易かったし、皆、簡単にだまされてくれた。

「そ、う…?」

驚きのあまり、声もかすれてしまう。
シカマルは、意外そうな表情になった。




「だって、おまえ見てれば一発でわかるぜ?」




以前、サクラに『あんたって、嘘つくときもいつもと同じ顔してるから全然わかんないわ』と言われたことがある。
親友である彼女がそう言っていた。ほかの人も、うなずいていた。

「私、顔にでてる?」

あの言葉を疑うわけではない。でも、シカマルはいつも私の嘘や演技をたやすく見破ってしまう。シカマル、だけ。

「顔っつーか…気配、かな。なんとなく違う気がする。微妙に違和感があるんだよな」

考えながら、シカマルはゆっくりと言葉を作った。

「でも、ほかの人たちにはばれないわよ?」

控えめにそう言うと、一瞬悩んだ後にシカマルはあっけからんと言った。






「そりゃ、オレだからわかるんだよ」






…本人に、他意はないのだろう。頭は良いくせに恋愛ごとに関してはこっちが呆れるほどに鈍いヤツだから。
でも、それでも、そんな言葉を向けられたら、嬉しくなってしまうではないか。

「ど、どうして?」

声にまで心の動揺が現れている。
シカマルは、不審に思わなかっただろうか。少し不安になってちらりと伺うと、気にした様子はなかった。

「1日違いで生まれてきて、ずっと一緒に育ってきたからな。付き合いの長さで言えば、おまえが1番だ。逆に、おまえもオレのことはわかるだろ」

ただの、幼馴染としての言葉。
それでも、私が彼の1番近くにいるのだと、思わせられる。
だけど、実際にシカマルに1番近いのは、チョウジだ。
私がどんなに望んでも入っていけないところに、チョウジは容易く行ってしまう。
男と女の違い、なのだろうか。もし、私が男だったらチョウジのようにもっとシカマルに近い場所までいけたのだろうか。
そんな埒もないことを時々考えては思考のどつぼにはまる。


「…ええ、そうね。大概のことは、わかるわ」


うなずきながらも、心中は複雑だった。
言葉は、本当だ。シカマルのことなら、大概はわかる。でも、本当に知りたいことは何もわからない。
アンタは、私をどう思ってるの?
誰が、好きなの?
知りたくって、でも聞けない。
昔なら、勢いに任せて聞いていたかもしれない。…きっと、教えてはくれないだろうけど。

「だろ?」

当然のことを言うように、シカマルは言う。
それは、私のことをただの幼馴染としか思っていないということなのだろうか。

「それより、何?なんか用事があって呼んだんじゃないの?」

これ以上この話を続けていたら、平静を保っていられる自信がなかったから、話を変えた。


「ああ、そうだ。おまえ、明後日の夜あいてるか?」


そうしたら、いきなり都合を聞かれた。

「明後日…あいてるわよ」

頭の中でざっと任務の予定を確認し、その日は何もないことを目の前の幼馴染に告げた。



「じゃあ、8時くらいに迎えに行くから待ってろ」



そういうと、こちらの返事も聞かずに用は終わったとばかりに背を向けようとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

あわてて呼び止めると、怪訝そうにシカマルは振り返った。

「あ?」

眉をわずかにしかめている。…さっさと家に帰って寝たいのだろう。だが、確認しないことにはこちらも気がすまない。

「明後日、どこ行くの?誰と?」

そう言うと、明らかに面倒くさいという顔をした。
こういうところは、昔から変わっていなくてほっとすると同時にひどく嬉しい。シカマルが一足先に中忍になったころから、私たちが一緒に任務をこなすことも、少し減ったから。私の知らないシカマルが、どんどん増えていくのが、不安だった。だから、なのかもしれない。昔と同じ表情を見ると安心できるのは。


「そこらへんの居酒屋に。オレと、おまえと、チョウジと。都合がつけば、アスマもくるはずだ。割り勘だからちゃんと金もってけよ」


用件だけを述べる。この素っ気ないとも思われる話し方も、昔から変わらない。
少し微笑を浮かべると、シカマルはかつてのチームで飲めることを嬉しく思っているのだと思ったらしく小さく「久しぶりだよな」とつぶやいた。

「その言い方だと、私がいつもお財布持って行かないみたいじゃないの」

少しすねた風を装って言うと、シカマルがのどの奥で少し笑った。

「昔、チョウジと一緒にアスマにねだってはおごらせてたじゃねえかよ」

そんなことも、そういえばあったかもしれない。
懐かしい。すごく、楽しかったあのころ。

「…アンタだって、その恩恵に授かってたじゃない」

だから、共犯だ。と言外に潜めれば、軽く肩をすくめるのが見えた。

「んじゃ、オレはもう行くぞ」

そう言うと、やっぱり躊躇いなく私に背を向けた。引き止めたくて、でも言葉が見つからなくてもたもたしているうちに、幼馴染の背中は、見えなくなってしまった。




「…シカマル」




結局、彼の消えた角に向けて、小さく、頭のよすぎる大好きな幼馴染の名をつぶやくことしか、私にはできなかった。








きっと、これから先も彼が私を恋愛感情で想うことはないだろう。



これは、予感ではなく確信。
でも、私が彼をあきらめることができるかどうかはわからない。
だけど、これから先もずっと、恋人にはなれなくても私は彼の近しい位置に存在している。

きっと、大事に思ってくれる。
でも、それは恋愛ではなく、友人としてのソレ。
彼は、これから先も私を“女”としては意識しない。
だからこそ、近しい場所においてもらえるのだろうけど…。






想ってくれることはなくても、きっと彼はこれからも私を思ってくれる。






だから、これ以上を望んではいけない。



このまま、平行線の関係でいこう。



これ以上近づくことはないけれど、離れることもない。





それが、多分私のベストポジション










それでもあなたは私を大切だと言うから期待したくなってしまう




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