決別
別に、あのころの甘っちょろいままごとみたいな平和を、すべて否定するわけではない。
何も、あのころの平和ボケした自分を、否定するわけでもない。
ただ、オレは、オレの本来の目的を…生きている、生かされている理由を思い出しただけだ。
あのまま、木ノ葉で生きていこうと、思わなかったわけではないのだ。
ずっと、里を抜けようと思っていたわけではない。
多分、すべてはタイミングの問題だったのだろう。
オレが、アイツに劣等感を抱きかけたころに、イロイロなことが重なって。
そして、兄貴が目の前に現れたことにより、自分が成長していないということを思い知らされて。
自分の中の復讐の炎が、未だに燃え続けているということを知った。
大蛇丸の誘いも、タイミングが良すぎるくらいに良かった。
兄貴との邂逅で己の弱さを思い知らされ。
アイツとの戦いで、アイツの成長を、思い知らされた。
そんな時のヤツラの誘いは、オレを決心させるに十分だった。
でも、それでも悩んだ。
知らないうちに、俺の中で勝手に大きな存在になっていったやつら。
兄貴への復讐の道を選ぶことを躊躇わせることができる存在にまでなっていた。
「オレの仲間は殺させやしない」そう言って、初めて肌で感じた上忍同士の殺気のぶつかり合いに無様にも慄いたオレに笑いかけた銀髪のへんな上忍。
「ウザい」と言っても、素っ気なくしても、変わらずオレのことを「好き」だと言う桃色の髪の少女。
何より、アイツ…。
「落ちこぼれ」と呼ばれてた癖して、「火影になる」と、いつも、馬鹿みたいに真っ直ぐな瞳で言っていた金髪の少年。
気がついたら、大切だった。
カカシも、サクラも。
一緒にいたいと、思った。
気がついたら、誰よりも特別だった。
ナルトが。
一番近い場所にいたいと、思った。
真っ黒な自分に、なんの躊躇いもなく笑いかけてくれる彼らが、まぶしかった。
彼らの…とりわけ、真っ直ぐなナルトのその輝きは、オレにはまぶしすぎて、いつからか、直視できなくなっていた。
人は、自分にないものにあこがれるのだというのは、本当だな、と思った。
大事だし、守りたいとも思っていた。
波の国で、命を賭してまでアイツを守ったのは、ウソじゃない。
心から、守りたいと、思った。
否、考えるよりも前に体が動いていた。
だけど、あの病院の屋上で、アイツを本気で殺そうとしたのも、ウソじゃない。
本気で、殺そうと思った。
アイツを、殺すことができたら…否、殺さないでもいい。
勝つことが、できたら。
そうしたら、きっと、オレは木ノ葉の里にいることができた。
だが、邪魔が、入った。
カカシは、難なくオレの千鳥とアイツの技を受け止め、その上投げ飛ばした。
どれほど、忌々しく思ったことだろう。
サクラも、邪魔だった。
オレとナルトが全力でぶつかり合う間に身を投げ出せば、どうなるかは簡単に分るだろうに…。
破壊された給水タンクを見て、オレの腸は煮えくり返りそうだった。
もう、どうでもよかった。
とても大切に思っていたはずのカカシとサクラの存在も。
誰よりも大切に思っていたはずのナルトも。
この、生まれ育った里さえも。
どうとでもなれという思いで、地面を蹴った。
お互いの性格も、問題だったのかもしれない。
オレが、もう少し素直だったら。
アイツが、もう少し歪んでいたら。
きっと、正反対のオレたちは、もう少し近づくことができて、うまく付き合っていくことができただろう。
だけど、アイツは、馬鹿みたいに真っ直ぐで。
オレは、直しようがないほどに歪んでいた。
だが、そんなことは…もう、どうでもいい。
過ぎてしまったことをぐだぐだ考えたところで、何かが変わるわけではない。
後悔が、まったくないとはいわないけれど、それでも、もう戻ることはできないし、戻るつもりもない。
里を捨てる覚悟なら、とうに出来ている。
仲間と決別する覚悟も、とうに出来ている。
誰よりも、大切に思っていた…思っている、アイツを傷つけた時から。
『どうして…』
アイツを、傷つけてしまったから。
オレの惹かれた明るい笑顔を曇らせて泣きそうな顔をしていた。
『サスケ…』
悲しそうに、自分の名を呼んだアイツの声が、耳の奥に今でも残っている。
自分とは違う、アイツの笑った明るい声が好きだった。
ソレを、自分で傷つけてしまったのだ。
もう、戻れないし戻りたいとも思わない。
ただ、それでも、勝手にオレはアイツを大切に思い続けるだけだ。
誰よりも大切で、アイツを傷つけるすべての物から守りたいと思う。
だが、それと同時にめちゃくちゃにして、取り返しがつかないほどに壊したいとも思う。
そんな、矛盾を抱えた愛し方で、アイツを、これからも想い続けるのだろう。
アイツの心が、どこにあるのかなんて知らないし、今更知ろうとも思わない。
知れば、いろいろなモノが潰れて壊れてしまいそうだったから。
オレの中の譲れないもの、消せないもの。
復讐の念と
初めて知った優しい想い
その二つは、二律背反するもので、二つを同時に成り立たせることは、できなかった。
復讐の念を優先させるのなら、この想いを捨てなければならない。
この想いを優先させるのなら、幼い頃からずっと抱き続けていた復讐の念を捨てなければならない。
ずっと、決めかねていた。
しかし、拍子抜けするほどにあっさりと、オレの選ぶ道は決まった。
屋上での一件で、オレが大事に想っていたハズのアイツに、紛うことなき殺意を覚えたからだ。
そして、大蛇丸の誘い。
お膳立ては、十分だった。
それでも、悩みはした。
悩みはしたけれど、それでも、結局オレは里を抜けた。
重要なのは、オレが里を抜けるか、大蛇丸の誘いに乗るか、躊躇ったことではない。
重要なのは…あいつらにとって、ナルトにとって、重要なのはオレが里を抜けたという事実だ。
きっと、もう、戻ることもない。
アイツと…アイツらと過ごした日々を否定しようとは思わない。
だが、その思い出を後生大事に抱えて生きていくつもりも、ない。
ただ、事実として「こんなこともあった」と感じるだけだ。
これから、オレの目的の妨げになるようなものは…オレの目の前に現れて邪魔をしようとするやつは、たとえなにであっても、誰であっても、容赦はしない。
たとえ、それがオレにとって唯一無二のものであっても、だ。
「サヨナラ」
幸せに呆けていた自分と、ぬるま湯の幸福を与えてくれたアイツに別れを告げるために、小さな声で、そう、呟いた。
もう、後戻りは出来なかった。
振り返るわけには行かない。望みをかなえるために。
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